【]】OPEN YOUR EYES
これが答えだと言い、和博は咲也を黙って見る。
自分の答えにお前も答えろと言うように―…。
「さくやくん……」
咲也の腕に抱かれている人形が、仰ぎ見る。
勿論、咲也が動かしているのではない。
「……後悔はしないか…。本当に」
和博は、黙ったまま笑みを浮かべて肩をすくめる。
言葉では答えを返さなかった。
でも、それは自分への返答だと判った。
その時いきなり咲也の腕に抱かれていた人形が、じたばたと動き出した。
咲也は何をしたいのかを察し、すぐに地面に人形を置く。
その後に起きた光景は、信じられないものだった。
ぬいぐるみの形から人間の姿へと変わったのだ。
その姿は、いつも見慣れているあかりちゃんで…。
咲也の後ろに隠れるように足元に寄り添う。
「かずひろくん…、ごめんね。本当は、貴方がさくやくんと会う前から、もう決まっていたのよ。こんな事になってしまったのは、さくやくんが無理に引き込みたくなかったからなの」
さくやくんを責めないでねと言う。
その表情はあまりにも悲しそうだった。
和博は背を屈めて、あかりと同じ視線で話す。
「大丈夫だよ。それに咲也の思いやりの心も嬉しいし…。自分で選んだんだ。…話してくれないか?」
最後の言葉は、あかりに言ったのではなく咲也に対しての言葉。
咲也は微笑みながら頷いた。
その笑みは今まで見たものとは全く違う、初めて見るもので…。
こんな笑い方も出来るのだと、初めて知った。
「まずこれを渡すよ」
それは、白い…よく見る物体で。
「たまご…?」
サイズも同じくらいだった。
「そうだよ?それがかずひろくんの大切なパートナーだよ」
あかりちゃんが言う。
パートナーとは、何の事か…。
全く解からない。
でも、咲也は「『百聞は一見に…』と言うだろう?」と言うだけで。
和博がきちんと受取るように、大切に手の上に置いている卵を更に前に差し出す。
何の動物の卵かは判らないが、それを受取ろうと和博も両手を出した。
咲也は落とさない様にそっと和博に渡す。
その卵は和博の手に触れるなり、いきなり割れた。
「うわっ!」
一応落とさない様にと屈んで地面に置く。
その中から出てきたのは、驚く事にぬいぐるみで…。
「ぺ…ぺんぎん……?」
それは、かわいくデフォルメされたぺんぎんのぬいぐるみだった。
そのぺんぎんは和博を見るなり慌てて姿勢を正し、先程のあかりちゃんのように、その姿を人間へと変えていき…。
さらに人間の姿になった途端、和博を前に跪いた。
「和博様…。貴方がを起こして下さる事を、心から御待ちしておりました。私は貴方に仕える者です。これから暫くの間、私を貴方様の傍らに置いて下さい」
あかりちゃんのように姿を変えたといっても、同じような可愛い女の子ではなかった。
今自分に跪いているのは、自分よりも年上で漆黒の髪を持つ男だった。顔を上げ立ち上ると、すらっと背が高く、その瞳の色は群青色。しかも、その動作はしなやかで…。
あまりの綺麗さに見入ってしまった。
いま現れたこのぬいぐるみを省いた中では、咲也が一番背が高いのだが。
この人物はその咲也よりも背が高かった。
あかりは咲也に、おっきいねぇ…と言った。
咲也は困った顔もせずに素直に肯定する。
「そうだ…、和博。この人に名前を付けてくれないか…?」
「は?……無いのか?名前が」
目の前に立っている人物を見る。
その群青色の瞳は、真剣に和博を見ている。
ただ、自分の言葉を黙って待っていた。
「……全てはここから始まるのか?」
和博が咲也を見て言った。
「俺もそうだったよ。…あかりの名前は俺が名付けたんだ」
この目の前に立っている人に一番合った名前は―…。
なかなか思いつかない。
長くの間、沈黙が続いた。
「よう…はどうだ?『神崎 遥』」
一生懸命考えた結果、思いついた名前だった。
「へーぇ。けっこう良いんじゃないの?ねぇ。さくやくん」
あかりが、その名前を口ずさみながらながら言った。
「良いと思うが…。神崎という名はどこから…」
「あ、それね。俺の母さんの旧姓」
「なるほど…」
『神崎 遥』と名をつけられた人物は、嬉しそうに言った。
「『神崎 遥』という名を、私にくださるのですね?…ありがとうございます!和博様」
深く頭を下げる。
和博は苦笑いをした。
「さぁ。これで最低条件は揃った」
咲也が、説明をしようか?と言う。
「ならば、こちらにどうぞ」
今まで大人しく立っているだけだった華菜が、ある場所へと誘った。
その場所には、丸いテーブルとそれを囲むように置いてある数個の椅子が準備してあった。
咲也と和博が向かい合って椅子に座る。
遥は和博の隣で座らずに立っていたが、あかりが華菜とその場から立ち去るのを見てその後を追った。
「華菜さん達は?」
遥が自分の傍から離れて行った事で気がつき、何処に行ったのかを尋ねる。
「華菜…?……あぁ、あの人達は大丈夫だよ。それよりも、本題に入ろうか?」
和博は一番聞きたかった事を忘れていたのか、咲也がそう言うと、そうでした…と言った。
知りたい事を聞く為の前置きが長くて、すっかりこれで終わったような気がしてしまっていた。
「先刻…和博が言っていたよな?存在を見せ付けるようにしか思えない現象だったと…」
咲也がずいぶん前に言っていた言葉を、繰り返し言う。
確かに自分はそう言った。
だが、それがどうした事なのか。自分は何か重要な事を言っていたのだろうか…?
「まさに、その通りなんだよ。俺だって言っただろう?無視をし続ければ、その内この現象は無くなると…」
今更だが、やっと咲也の言っていた事が解り出した。
つまりは…、この現象は全て俺に気付いて欲しいが為にしていた事で、更に自分があまりにも驚くものだから俺で遊び始めたと…。こういう事か―……。
「なら、今の俺にはそれを知って理解出来るんだな?」
和博が身を乗り出して咲也に聞いてくる。
「あ…あぁ……」
咲也は少し後ろに身を退きながら答えた。
「よぉーしっ。解ったっ!」
いきなり立ち上る。
「ちょっと待て…。解ったと言うが、今までの経過を知っただけだろう?」
立ち上った和博の動きが、ぴたりと止まった。
咲也は溜め息を吐くしかなかった。
「わるい…。どーすれば良いんだ?」
乾いた笑みを浮かべながら、ゴメンと言う。
「良いか?……能力の無い奴が取り込もうとすると、逆に乗っ取られる可能性があるんだ。僅かな確率でその逆もあるが、これは本当に少ない確率だから…。でも俺達には、大なり小なりその能力がある」
「ふんふん…」
和博は先程の状態…立ったままの状態で、咲也の言葉を真剣に聞いている。
咲也は更に言葉を続けた。
その能力を正しく使って、自分の力になってもらうように頼むのだと。
それは契約といわれるモノらしい。
強制的にもその契約は出来るらしいが、それは誰もが好む事ではないと言っていた。
お互いの信頼があってこその契約だと、咲也はしきりに言う。
そして、簡単に咲也が関っている…、これから自分も関る事になる世界の事も、話してくれた。
「詳しくは、その都度教えていくよ。この世界は少し変わっていてね…。中心として考えられているのは、自然だ」
「自然…?」
和博は言いながら自分の周りを見回す。
「そう。これもその中の一つだ」
咲也も辺りを見渡した。
正しく、誰もがそう認める場所だと思う。
木々が生い茂り、鳥の囀りが聞こえる。木洩れ日が柔らかく差し込み、静かに流れる澄んだ空気。
こんなに空気が綺麗な場所など、そんなに無い筈だ。
「自分達は、この自然の為に存在しているのさ」
「ちょっと、待て…。別に新手の宗教とかじゃないよな?」
世の中には色々な考えを持つ人がいて…。その中でも似たような価値観を持つ人達が集まっていくような…。
ここまで日常を曲げて伝える宗教もないとは思うのだが、まるで宗教勧誘のような気分を憶える。
「まさか…。只の宗教なら、俺は今生きてなんかいないさ」
ニヤリと笑うその裏に隠されている物が何なのか、自分にはまだ解からないが、自分もふと思った。只の宗教なら、ここに先程までいた『あかり』と『遥』の存在をどう説明すれば良いのだろうか…?
「もしかして…。今は只の夢とか…」
「だから、この空間を俺達は『夢幻の空間』と呼んでいるんだ。現実だが知らない人にしてみれば、只の夢であり幻なのだからな。でも、その内思い知らされるさ。ここは辛い事が多すぎる現実の空間だと…。御伽噺に出てくるような幸せが多い空間ではないんだ……とね」
その時だった。
あかり達が帰って来たのは。
「たっだいまぁ―っ」
言うなり咲也に飛び付く。
咲也はそれが日常茶飯事な事なのか、上手に受け止める。
「和博様。何故立って咲也さんとお話ししているのですか?私がここを発った時には座っていらしたのに」
遥は不思議そうに聞いてきた。
「いやぁ―…」
ただ自分の気が早かっただけの事で…。
「ただ、気が早かっただけだよ」
咲也が言った。
「なんだとぉー」
和博は咲也を睨んだ。
しかし、そんなことが咲也に通用する訳ではなく…。
軽く笑われるだけで終わってしまった。
「ところで、あかり。状況は把握できたか?」
あかりは遥を見てから大きく頷いた。
「うん。ね?ようくん」
「はい。和博様も今まで大変でしたね。あれだけ集めてしまうのだから、困ったでしょう」
和博はそれを聞いて、まったくだよ…と呟く。
「でも、安心して下さい。皆、和博様を気に入っている者達ばかりなので、悪い事はしませんよ」
にっこりと微笑みながら、遥が言った。
「なら、早く行って終わらせよう」
「行ってらっしゃいませ」
華菜は、どうやらこの場所に残るらしい。
行動開始の合図は、咲也の言葉となった。
何処に向かっているのかは、誰も言っていなかったハズなのに、自分を省いた全員が同じ方向に向かいだす。
自分だけだ。どこに向かっているのか解からないのは。
しかも、ここだって咲也の部屋かどうかも、解かっていないのだ。
「なぁ…。質問」
和博がふと立ち止まった。
「どうしました?」
遥が心配そうに尋ねる。
その他の人達も和博に視線を集中させた。
「ここ何処なんだ?ホントに咲也の部屋なのか…?後、これから何処に行くんだ?……全く解からないんだけど………」
「和博様…、それは私から後程お教えしますから…。今は先ず和博様の家に行く事が先決ですよ」
「俺の家だって…?」
遥はそんな和博に、はいとだけ答えてその手を掴み導いて行く。
和博はその答えを聞いて、更に解からなくなっていた。
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