あれから数日が経った。
あれ以来、咲也が学校に姿を見せる事は無かった。
「最近、天野は学校に来ないなぁ…。おい、和博…理由を知っているんじゃないのか?」
何人もの人が自分に聞いてきていた。
長年の親友である尚哉も聞いてくる。
そんなの自分だって聞きたいのだ。
自分はどうすれば良いのだ…?と。
あれからずっと考えてきた。
不思議な事だって、まだ起きている。
あれを無視しろと言うのか?
そんな事自分には出来なかった。
どうしても、この原因をつきとめたい。
色々と考えていると、尚哉が小さく呟いた。
「やっぱり……。あの噂はホントだったのかな」
和博は咲也に関する噂をあまり聞いた事が無かった。
今まで仲良くしていただけあって、その噂が酷く気になる。
「うわさ…?」
尚哉は深く頷いた。
「そうなんだよ。ああ見えても、いつも総合トップに入るだろ?それもあるけど、うちの編入テストは難しいって言われているのに、それすらも難なくクリアしている…」
今までの経過を思い出させるように言う。
それがどうしたと言うのだろうと、思った。
編入テストの事なら自分だって咲也が転校\してきた時に思った事だ。
今更噂になるような事ではない筈だ。
「俺だってそんな事知ってるよ」
ついつい口に出してしまう。
「いや。これは前置きさ。噂っていうのはな…」
和博はそれを聞いて驚いた。
どんな噂だったかというと…。
実は咲也が何かの病気を持っていて、今回もそれで休んでいるのではないか?そして、過去も今と同じく、何日もの間に渡って休んでいたから必要登校日数が不足して、ダブっている…。と、いう噂だった。
和博はそれを聞いて冗談だろ?と苦笑しながら言う。
「思い出してもみろよ?学校に来ていた時の事を…。あいつ…咲也は、元気の塊みたいだったぞ?これっぽっちも『病弱です』なんて雰囲気を見せてなかったじゃないか。……まぁ、年上に見える事には俺だって否定しないさ。でもな、『身体が弱い説』は絶対に違うと思うぞ」
なにしろ学校に来なくなる前日に自分は話をしているのだ。元気な咲也と…。
苦しそうにしている訳でもなく…。自分から今日はサボると自分で言っていたのを。
それを聞いている自分としては、そのような説を支持する気にはなれない。
ただあの時の表情は今まで見た事の無いような表情ではあったが。
多分あれが本当の咲也なのではないかと、今になって思う。
「でもさ…和博。おまえ自分で言っただろ?『天野は保健室に行きました』って」
あれは何だったんだ?と聞いてくる。
勿論あれは咲也から頼まれた嘘だ。
でも、そんな事は言わない。
「あ―…あれは……」
どう言ってごまかしたら良いのか。
「ほらな…。だろ?いつもは元気に見せていても、実は弱いんだよ」
答えを濁した事を、尚哉は肯定と読んだらしい。
これに関しては、自分が判っていればそれで良いと思う事にした。
でも、噂になるほど学校中が咲也を年上としてみていたのかと思うと…。
それだけは、自分も本当の事を知りたかった。
自分と同じ歳だとは、思えない。
最後に会った時の咲也を見ていると、絶対に違うと言えたのだから。
「なぁ…。咲也が年上だってなんで思ったんだ?」
自分もそうではないかと思うのだが、一応尚哉にも聞いてみる。
「…そりゃぁ……。初めて学校に来た時から思っていたさ。時間もかからなかったぞ?この噂が広まるのは。ただ、和博が咲也の近くに居すぎたからだろ?聞かなかったのは」
それを聞いて和博は驚いた。
「そんなに見えたか?」
「あぁ…。最近仲良くなったとは思えないくらいにね」
その言葉は、今聞かなかったら嬉しい言葉に聞こえたのだろうか…?今は只虚しく聞こえるだけだった。
今になって思う。自分は皆が思っている程咲也の事は知らないし、それ以上に皆は咲也の事を知らない。
嬉しさでは無く、その差を垣間見た感じがした。
「なぁ…聞いて良いか?」
突然だが思った事があったから聞いてみる。
「…?……どーぞ」
友達は、嬉しそうに答えた。
特別真剣な事ではないが、聞きたかった。
「俺ってさ、欲しいモノがあったらどうすると思う?」
『欲しいモノ』が何なのかは、あえて言わなかったが、相手は答えてくれた。
「欲しい物…?あるのか?」
自分は答えずに笑うだけだったが、それを理解してくれたようだ。
少し考えてから口を開く。
「そうだなぁ…。多分手に入れるだろうな。どんな苦労をしても、でもそれだからこそ色々と悩む事があるんじゃないのか?後悔しないように」
今に自分をズバリ当てられたような気がした。
実際自分は悩んでいる。
欲しいモノ…。それは、本当の事だった。
だが、それを与えてくれる筈の咲也は、よく考えろと自分に言ってきたのだ。
一生分の事がかかっているかのように…。
「でも、気になるんだから仕方ないだろ?お前の事だから手に入れるだろうな。……手の届かない所にあるモノだとしたら、そこまで自分が出向くんじゃないのか?」
そうだろ?と、尋ねてきた。
この人物こそ自分が長年付き合ってきた友達だ。
自分をよく見ていると思ったからこそ、聞いてみたのだが。
答えてくれて嬉しかった。
今までずっと考えていたが、答えが出てこなかった。
『待っているだけ』という事をするキャラでは無いと、この友達は背中を押してくれた。
「ありがとな」
尚哉に礼を言う。
「いえいえ。お役に立てて嬉しいよ」
いつもの礼さと付け足して、それを笑みで返した。
【[】後悔と希望
「失敗した」
突然帰ってきた咲也が、開口一番に言った言葉がこれだった。
「しっぱい…って……。ねぇ、どういうこと?」
あかりには理解が出来ない。
今朝、待っていた物が届いたと言っていたばかりなのに。
でも、咲也の表情を見ていてやっと一つの事が解かった。
手に入れたかったモノを、自分の手で逃がしてしまったという事だ。
「なんで……」
表からはそう見えないが、咲也は臆病な部分を隠し持っていた。
自分が気に入ったものだからこそ、相手を手放してしまうのだ。
自分が一人だと気付く前に…。
自分自信が悲しみを訴える前に――…。
自分がこれ以上さびしいと訴える前に、そうならない内に『それ』から逃げるのだ。
「今回の仕事は、珍しく失敗だよ…」
咲也は、自分の本音を私達には言わなかった。
いつも私達には、幸せな日々だと嘘を言う。
いや―…。自分達は知っている。
その言葉には偽りが無いと。
でも、咲也は時々淋しさを訴える。
長い月日を経て出された結果は、あまりにも酷かった。
自分達の前では、そんな素振りは全く見せない。
しかし、自分達にはそれが解ってしまう。
彼を取り巻く全てのモノが、彼を大切に思っているから…。
自分も含め、様々な者達が彼の幸せを願い、幸せにしようと最善の手を尽くす。
だが…。
最善の場所を準備したところで、彼の『心』を幸せだと満たす事が自分達には出来ないこと等、解っていた。
同じ時間を過ごす事が出来る間柄だとしても、立場が違う。
私達の存在理由は彼しかない。
彼が存在しなければ、私達がこの空間に現われる理由は無くなる。
しかし彼にとっては、私達が全てでは無いのだ。
時を捨てた代償は、日に日に大きくなっていく。
それは今のところ、彼に寂しさしか与えていなかった。
「もう…。おしまいなの……?」
あかりは悲しそうに聞いてくる。
もう、一筋の希望の光すら残っていないのだろうか。
珍しく項垂れていた咲也だったが、あかりの言葉を否定した。
「いや…、最後の賭けをしたよ。来るか…来ないか」
咲也が希望する選択肢は、勿論『来て欲しい』に決まっていると、あかりは確信を持っている。
「来て欲しい?」
「さて…どうだろう……」
軽く答えたつもりだったが、あかりはそれでは許さなかった。
「本当の事を言って良いんだよ?さくやくん」
咲也へ向けて両腕を一生懸命大きく広げた。
あかりの言葉と動作に咲也は苦笑する。
咲也はあかりに腕を伸ばし跪いて抱き締めていた。
「本当は……」
その後は、あかりの耳にだけ囁かれる。
「うん…うん―……そうだね…。皆、さくやくんが幸せになる事だけを考えているから…。私達はあなたの為だけに存在するんだから」
だから安心して…と、背中をぽんぽんと叩く。
こんな時だけ立場が逆になるのだった。
あの日から、咲也は只ソファに座って本を読んでいる日が続いた。
あれ以来、学校には行っていない。
実は高校など行かなくてもいい年齢ではあったのだが…、今回は高校に行くと、咲也自身が突然言い出したのだった。
初めは不思議だった。
今までずっと生きていて、趣味は読書である。多くの本を読んできた咲也の知識量からすると、外見では同じ年齢であったとしても、敵う者はそうそういない筈だ。
だから、大学ならそれなりに納得出来るが、今更高校に行くと言い出した理由が解からなかった。
「さくやくん。学校には行かないの…?」
あかりがハーブティーを持って来てくれた。
それらは、机に小さな音をたてながらセッティングされていく。
「もう…行く必要は無いからな。只、和博との接点を作る為のモノだったんだから…」
咲也は頂くよと、感謝の言葉を述べてティーカップを手にする。
外見的には普通に戻ったような感じがした。
「お菓子も作ったよ?」
気がつけば、部屋は甘い匂いで包まれている。
「美味そうだな。それも貰おうか…」
あかりは喜んで頷いた。
そんな時だった。
『もうすぐ…いらっしゃいますよ……』
ここには居ない誰かの声がした。
その声に二人とも聞き覚えがあったから、声の持ち主が誰なのかは、すぐに判った。
あかりはその声を聞いて嬉しくなる。
「さくやくん!」
とうとう待っていた答えがやってくるのだ。
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