【X】 影響を及ぼす者と及ぼされる者
咲也が転校してきてから、数ヵ月が過ぎようとしている。
『転校生』プラス『優等生らしい』という、あまりいただけないプレミアもようやく取り除かれ、クラスの中にそれなりに溶け込んでいた。
また、初めて話をした日に誘っていた部活にも入部をし、それなりの日々が経過して行く。
そして、もうすぐ学校特有の行事『テスト期間』が始まろうとしている今日この頃――…。
放課後。
「なぁなぁなぁ…。さくやぁ―…」
手には教科書を持っている。
何を言いたいかは、十分予想する事が出来る。
「……またか…」
頭を抱えてしまった。
まぁ、教える分には自分も忘れている事を思い出すことが出来るし、復習になるから、良いとは思うが…。
自分にも我慢出来る限度がある。
何度も、こう…同じ範囲を聞かれると。
「いいじゃないか。今度は他の奴等も一緒にさ」
和博は、けらけらと軽く笑いながら喋る。
「俺は先生か…?」
呆れてしまう。
「いやぁ…。あいつらにも『教え方が良い』って話をしていたら…さ」
「補講でも開けと…?」
軽く睨みつける。
「あはははは……。ごめんっ」
ぱしんと音をたてて手を叩く。
周りを見るとやはり、教科書をはさんで友達同士で話をしている風景を多く見る事が出来る。
「そんなにいるなら…。先生の教室を尋ねたらどうだ?喜ぶと思うが…」
咲也が和博に言う。
「なら…咲也。おまえは、その間一人で何してるつもりだよ?」
和博が少しむすっとして言う。
「はぁ?……『帰る』という選択肢はないのか?」
困った様に答える。
実際、意地悪しているつもりも無く、本当にそう思ってのコトだった。
「せめて…『図書館に居るよ』くらい言ってくれ」
まぁ、範囲外の回答では無かったが、せめて少しは気を使って欲しかったものだ。
「どう転ぼうと、俺は一人で帰ったら駄目なのか…」
咲也は溜め息を吐き小さく呟いた。
和博は困った様な表情を浮かべながら、笑っている。
「なぁ。待っているのは退屈だから、勉強を教えようとは思わないか?」
どうしても、自分に勉強を教えてもらいたいらしいい。
「俺自身の…。自分の為の勉強はどうしてくれるんだ?」
咲也が和博に質問する。
おまえだけ勉強して、俺はしなくてもいいのか?という事らしい。
「……俺がみてやるよ…」
咲也が少し驚く。
「俺に、か?……何を教えてくれるんだ…?」
確かに言えてる。
咲也は学年で上位に入る。…というか、各科目のランキングだと、大抵一位をとっている人間だ。
そんな彼に、勉強成績が万年真中より少し上の自分が何を教えるのか…。
「うぅ…。あ、化学とか。理数系なら」
「『教える』というよりは、『二人で解決する』の方が言葉としては、あっているのではないか?」
理数系だけは、和博も咲也と同レベルか少し上で、それだけのランキングを見ると、和博はトップクラスに入るのだ。
「あ―…。なら、テニスはどうだっ?」
「それは今必要とされているコトか?」
何を言っても咲也には勝てない事くらいは解かっているが…、でも自分だって教えて欲しいし、友達に約束してしまったから、何としても少しの間自分達の先生になってもらいたかった。
「悪かったよ…」
和博がどうしようもなく黙り込んでいると、咲也が突然謝ってきた。
「は?」
和博には何の事だか全く解からない。
「テスト期間に入って、何時もこうだろう?だから、今度来た時には少しからかってやろうと思ってな。……なんだかんだ言ったって、教える事で勉強になっているし…。いいさ」
咲也はさっきまでの態度と一変する態度をとった。
「ただし、おまえだけに教えるのではないから、『無償提供』というわけでは無く、『貸し』にしておくよ」
「はぁ?」
咲也の言った事が、いまいち理解できない。
「後で、この借りはしっかり返してもらうという事さ」
咲也が微かに笑いながら言う。
「例えば、何を…?」
和博が恐る恐る尋ねる。
「『例えば』…?例えばじゃなくて、これが条件という事で」
咲也が言葉を続ける。
「あかりの遊び相手になってくれ。テスト明けにでも」
それを聞いて和博は少し拍子抜けしてしまった。
もっと、大変な…。自分が嫌がる仕事かと思った。
「『あかり』って…、咲也の妹のあかりちゃんだよな?」
咲也とあかりの歳の差は、随分とある。
確か…、咲也が自分と同じ高校二年であかりちゃんが小学二年位だったか…。
二人は、両親と同じ所に住んではいないのを、自分は知っている。
と、いうか――…。
両親はいないらしい。
つまり、兄弟で二人暮らしをしているという事になる筈だ。
しかも、あかりちゃんは学校に行っていないと聞くし。
そういえば、先生は咲也だとか…?
最近は、自宅学習なるモノが少なくはないらしいし、そうでなくても自分は否定するつもりなどない。
その上、咲也は『人に勉強を教える』という行為が非常に上手い。同じ歳だと言うのに、時々咲也が自分の先生だったら良かったのに…と、思う事さえあるくらいだ。
でも、それでも咲也は高校生だし……。
自宅学習をするにしたって、高校生が教えて良いモノかどうかは、定かではないが。
それとも、自分勝手な想像で悪いのだが。
やはり、両親がどこかにいて、でも離婚とかで咲也がそれを認めないから「両親は存在しない」なんて、言っているのだろうか?
「他に誰がいる?」
自分からの疑問文に対して、咲也が疑問文で返しくる。
その言葉で和博は、自分の考えていた事から慌てて元の路線に軌道修正した。
……別に、嫌な仕事でもないし、あかりちゃんと遊ぶのは楽しいから、咲也の大変さとは比べ物にならないのだが…。
本当に、こんな条件でいいのだろうか?
「他に何かないのか?」
和博が少し申し訳無さそうに聞く。
「他…?いや、別に…。ただ、あかりも和博の事を気に入っているみたいだから、丁度良いと思っただけだが……。キライか…?あかりと遊ぶのは」
条件と言うには、事柄が等号で結ばれそうにない様な気がしてならない。
「いや―…。そんな事は…、ないんだけど…さぁ…。もしかして…実は、『妹が苦手だ』なんてコトは無いよな…?」
それなら、咲也のセリフを理解する事が出来る。
まぁ…。そうなると、それはそれで驚く事になるのだが。
「は?……何を言っているんだ?そんな事は無いだろう。ただでさえ二人で暮らしているんだぞ。そんな事があったら二人でなんて、暮らせはしないだろうに…?」
「それも、そうだよなぁ―……」
自分は咲也が妹のあかりちゃんを溺愛しているのを、よく知っている。
咲也がシスコンなのではないか?と思うくらいだ。
何故かと言うと、咲也の家はあかりちゃんの服の方が多く揃っているくらいだからだ。
その上、部屋の雰囲気が全体的に女の子の部屋となっている。
外見の雰囲気と実際のトコロのギャップとの差に笑いをおぼえる事だって多々あるくらいだ。
「なんだ?その腑に落ちないとでも言うような顔は…」
咲也には、和博の思っている事が本当に解からないらしい。
「あぁ……。ただ、この事とあかりちゃんと遊ぶ事がどうも、俺には同等には思わないもんだからさ…」
和博が思っていた事を話す。
咲也は和博の話を聞いて、なるほど…と、理解した。
「度が過ぎたからかいだったか…?だから、悪かったと言っているだろう?」
咲也が困った様に言った。
「…はい―……?」
和博はそう言ってから、そう気にして聞いていなかった部分があったらしい事に気付き、一生懸命思い出す。
「もとから、本当に断る気は無かったってコトさ。だから、そういう見方はしなくて良い。……言い方が悪かったかな…?」
咲也が少し反省したように言う。
「…だ……だましたのか…?」
「『からかった』…と言ってくれ………」
そう言いつつも、咲也が和博の手にしている本を取り上げる。
「咲也…?」
和博は咲也から本を取られて、少し驚いた様子だった。
そして、咲也は教科書を見て次に和博の顔を見て、ニヤリと笑う。
「さぁ、時間というモノは遅い様ですぐ過ぎていくぞ。普通なら『惜しい』と思う筈だが――…?」
それが、咲也の了解の合図だった。
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