【W】 始まりの合図
とこからともなく時計の鐘の音が響く。
「じゃ、剣君。私達はこれで」
「もうちょっとお話しもしたかったけど、今はこれで。また後でお話しをしましょーね」
それまで剣と無理矢理会話を楽しんでいた二人の人物が嬉しそうに手を振って離れていった。
「やっと始まるぞ」
疲れたように剣が言った。
「あの人達…。毎回来るの?」
美夜は剣の肩の上に乗っている有佐に訪ねる。
「そうなのよー。私もあの人達なんとかして欲しいわ」
有佐もげんなりとした様子だ。
「そうは言っても、彼女達も別に悪さをしている訳じゃないだろう?」
美夜の肩の上でユリエットが自分の羽を繕いながら言う。
「そんな事言っても、邪魔なの!」
やわらかい綿の詰まった手で、ぽふぽふと剣の肩を叩く。
「はいはい…。落ち着いて」
剣が一人興奮気味になっている有佐を宥める。
そうしている間にも、アルカナの紹介は淡々と進められていた。
紹介といっても、アナウンス等がされる訳ではない。
それぞれに専用の扉があり、そこから指定の席へ歩いていくだけ。
それでどうしてアルカナ達の紹介になるのかというと、通常の誰も新入りがない場合はこのようなセッティングもないからだった。
新しくこの世界へ来た人達は、アルカナが一人ずつ登場する時に、自分のぬいぐるみ、もしくはペアを組んでいる相手から説明を受け、そこで知る事となるのだ。
ただ、最近は少しばかり変わってきて、登場後に全体に向かって一言挨拶をする様になっていた。
「ねぇ…、ユリエット。あの人、前…居た人だよね?」
美夜が指差したのは、片方の腰に二本の洋物の刀を提げている人物。
あの男の人が【萌葱様】となりの女の人が【マゼンタ様】…と紹介された人のすぐ後ろを一人で歩いている。
二人並んで歩いている人達は肩にぬいぐるみが乗っていたり、腕に大切そうに抱いていたり…と、様々なのに彼にだけぬいぐるみも居なかった。
「あぁ…、そうだ。あの人が一つしかない役職を持つ【アルカナ・リベラル】のカミエル ラグリエットだよ」
ユリエットではなく、剣が答えた。
「リベラルの役職っていうのは、剣や美夜がなれるような役職じゃないんだよ。特殊なケースじゃないとあの役職には就けないんだ」
ユリエットが役職の説明を始める。
「通常、デスとリバースに分かれる能力を、一人で持ち合わせる人がいてね。一人で均衡を保つ事が出来るから、彼等にはコンビもペアも存在しないんだ。仕事も一人でこなしていく」
その言葉に美夜は「へー」と感嘆の声を漏らした。
ユリエットはその様子をちらりと見るだけで、更に話しを進めていく。
「それだけでも凄い人なんだけどね。更にその中から一人がアルカナ・リベラルという位を引き継げるんだ。自由という名の役職だけあって、何事にも束縛されない事になっているし、他の十二人のアルカナ達よりも少しばかり扱いが違うというか…。簡単に言えば、位が高いらしい」
萌葱様とマゼンタ様に次いで…だけどね。と、アルカナ達の登場を見ながら付け足した。
「…あの人の良い所は、その権力を鼻にかけることがないって所かな?」
剣も同じ方向を見ながら言ってきた。
「そうだよねー。ホント、周囲を気にしないで好きなようにやっていくよね。でも、だからと言って我侭な感じは無いの。よく振り回されるけどね」
それぞれに褒めていく。
「でもさ。確か、私たちの監督責任者って、二人居るって言ってたよね?その人は?」
過去の会話を思い出しながら尋ねる。
名前も知らない人物だった。
剣も有佐も、カミエル ラグリエットの事を話す時は『リベラル様』と言うのだが、その人の話になると『あの人』と呼ぶのだ。
話しを聞いていると、どうやらイレギュラーな話しだったらしいのだが…。
「僕も不思議に思うんだよ。あの時のカミエルと剣の話を聞いていると、アルカナ間で正式に決まっていた話しでは無かったような気がするんだ。となると、その人物の独断だったという事になるんだけど…」
しかし、そうなると疑問点が浮上する。
萌葱でもなければマゼンタでもない。その上リベラルでもない、【十二人のアルカナ】という一つの枠に括られている筈なのに。
何か特別な役割を持つアルカナが出現したとしか考えようが無い。
「さぁ。俺も最初はあの人が一人だという感じで紹介されたからなぁ。別に、よくある事なんじゃないのか?リベラル様も『またか』というような様子だったし」
丁度その時だった。
「あ!美夜ちゃん。あの人だよ?」
黒いうさぎのぬいぐるみが懸命に小さな手を伸ばしてその人物を指し示した。
そこに居たのは、衣装は他の人と比べて普段着のような黒のトーンでまとめた服を着た男だった。
半透明の黒いロングコートのようなものを翻しながら片腕にクマのぬいぐるみを抱き、颯爽と歩いている。
「名前は『天野 咲也』。役職名は【アルカナ・スウォード】。あの人も凄い人さ。自分のスウォードとしての能力を最大限発揮させることができる人でね。流石だとしか言いようがないよ」
「だからかな?あの人がフリーになると、一緒に仕事が出来ないかとペアを申し出る人が多いらしいよ。でも、そんな人達をみんな断っているんだってさ。これはウワサだけどね。今は、上層部の話し合いで新しく見つけられた人と組んでいるんだよ。それが女の人でさ―…」
有佐はどこからそのような情報を得たのか、数々の噂話を美夜に教える。
「後で会える筈だから、その時色々と話をしても良いかもね」
有佐と美夜の話を聞き流しながらユリエットは言った。
「でも、その時はリベラル様も来るはずだから、賑わうだけ賑わって、本当に知りたい事は聞けないと思うよ。俺は」
剣が苦笑を浮かべながら言う。
視線の先にいる者をユリエットも見て、小鳥のぬいぐるみは小さく溜息を吐くのだった。
「確かに…」
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