金木犀はゆっくりと話し始める。
「あの日…。察しの通り、美夜は我慢の限界を超してしまったのよ。僅かな時間であっても、信じていた貴方との約束も……。もう、抑える効力が無くなっていた。…そして…貴方達を見た時すぐに解ったわ。この子は、夢幻の世界に呼ばれる人間だと。でも、あのままの状態だと、もう一度貴方達と再会する時までこの子がもたないと思ったの」
 話は更に延々と続いた。
 3人して金木犀の話を黙って聞いている。
「今までも、私達を見ることの出来る子供達は数多くいたわ。そして、大きくなるにつれて、殆どがその事を忘れてしまう。でもね…この子の場合は小さい頃から、この世界を見てきている特殊な存在となると解ったの。……あの時点で、この子には今を耐えていけるだけの精神力がなかった…。自分で、この世界を見ることを止めようと、自分の能力を殺そうとした…。それは、私にとっても、この子にとっても、してはいけない事だと無意識で思ったわ。それなら、そうなるまでの間、私がこの子の盾になればいい……そう判断したのよ」
 金木犀がそう言ったところで、剣が大きな溜め息を吐く。
 そして、静かに口を開いた。
「しかし、彼女の自己防衛の力が予想以上に強かった…。……そうでしょう?」
「この子が自分の世界に閉じこもる前に、何とか私のすべてをもって、耳を塞ぎ…目を塞ぎ……。貴方達が再びこの子の前に現れた時にその手を退けようと…。……それまでは世界を見せないようにと思ってこの子の中に入ってのだけれど、逆にそれを利用されるような形となってしまった。私はこの子に意識を取られ、結果、自分を守る為に外から来るものを、力をもって排除する者へと変わっていったのよ。でも、微かなものではあったけど、自分の意識を手放してはいなかった」
「『だから、夢として過去の記憶を彼女に見せる事が出来た』…そして、俺の行動に合わせて攻撃をする事もかろうじて出来た。間違っていませんよね?」
 剣の問いに対して金木犀は頷いた。
 有佐もようやく剣が大丈夫だからと言った理由を知る事ができ、「おぉ」と小さく声に出して手をぽんと叩く。
 金木犀の精も小さく微笑みを二人に向けて、美夜へと視線を移した。
「美夜。お願いがあるの」
 その言葉を金木犀が言ったとたん、剣と有佐もいっせいに美夜へと視線を向けた。
『剣…。リベラル様が来ます』
 空気の中に声だけが聞こえる。
『訪問の理由は……』
「新たな任務の為さ」
 突然扉が開かれた。
「よう、剣。よかったなぁ、これからきちんと仕事が出来るぞ」
 扉が開かれると同時にその中から声がした。
「……リベラル様………」
 剣が困ったような表情を向ける。
「来た理由かい?」
 そう言うと、白い鶴をひらひらと振って見せた。
「先刻言ったとおりさ。新しい任務だよ。ちなみに、彼女の担当は、アルカナ・リベラルの俺さ」
 リベラルはにっこりと美夜を見て笑うと簡単な挨拶を始める。
「はじめまして。たった一つしかない役職を受け持っているもんだから、ほとんどの人から『リベラル』と役職名で呼ばれている、『アルカナ・リベラル』のカミエル ラグリエットだ。初めての人に対してアルカナが一人から二人程つく事になっていてね。君の担当が俺になったのさ。暫くの間は宜しくな?」
 握手を求めてきたので、美夜はおずおずとそれに応えるように手を伸ばす。
 二人して挨拶を交わしている時に、剣がストップをかける。
「リベラル様。ちょっと待ってくださいよ。……俺の担当は別な人じゃないですか。ペアを組む人間の担当は一緒だと聞いているんですけど?」
 まるで、『その担当を奪ってきたんじゃないでしょうね?』と言わんばかりの視線を向ける。
「やだなー。そんな事はしないさ。言っただろう?『担当は一人から二人程だって』…剣の担当はな、本来は俺一人なんだよ。……アイツが担当を譲ってくれと言ってきたんだ」
「なんで」
「さて。理由は教えてくれなかったけどな。でも、『特別な自体が発生した時に俺が対応させてもらう為にも担当役を変われ』と言ってきたんだ。だから、特殊な時だけの臨時なんだよ。アイツはね」
 お互いに担当役を引かなかった為に、二人が担当しようという結論になったらしい。
「じゃぁ、どうして最初の会合の時に貴方も担当として紹介されなかったんですか?」
 アルカナ全員が集まった前で担当として一人つくと言われ紹介されたのはリベラルではなかった事を、腕組みをして立つ姿勢を変えながら剣が言った。
 それに驚いたのはリベラルだった。
「はぁ?…そんな事があったのか?……俺は知らないぞ。第一、その場所に俺は立ち会っていない。いつも通り遅くにやって来たからな。…俺だって、知り合いのアルカナからお前が来た事を後で知ったくらいなんだぞ?だから、遅れて一人自己紹介をしに剣の所に自分でいったんじゃないか。……ちくしょう…アイツ事後承諾で事を進めていたのか…。アルカナとして始めて会った時からイヤなヤツだと感じていたが………」
「リベラル様も『おバカさん』なんですねー」
「なっ…。あっ……本題を忘れていた……」
 有佐がけらけら笑いながら言ったセリフで我に帰ったらしい。
「話をもとに戻すが、大原 美夜。これが君の最初の任務だ。その為にも、コンビを組む相手を早く目覚めさせてくれないか?」
 先程とはうってかわったような雰囲気の変わり様だ。
 それを聞いて、剣は「安心致しました」と言い苦笑する。
 有佐も、剣への任務じゃなくて良かった…と言って、ほっとした様子をみせた。
「このたまごの中には、知っていると思うが君とコンビを組む相手が眠っている。この仕事に就くにあたって大切な相棒でもある。さぁ…有佐、渡してくれ」
 リベラルに言われて美夜へ再びたまごを差し出した。
 手にする事を戸惑っていると、剣が喋り始めた。
「この金木犀の為にも、君の持つ力を目覚めさせてはくれないか?……変な世界に引きずり込んでしまうのだが…この事に関しては、まだ『最後の選択』が残っている。後戻りはそれからでも間に合うはずだから」
 剣が何を言いたいのか理解する事は出来なかった。
 背中を押してくれているのだろうとは思うのだが、この言葉が更に自分を不安へと導いているような気がする。
 剣はそんな様子を見て、再び美夜に対して語りはじめる。
 今度は別な方向から言う。
「…だから、今まで君を守ってくれていた大切な人をこのまま殺すような事をしないでくれ」
 剣の言葉を補足するように、有佐も口を開いた。
「知っていると思うけど、この金木犀が植えられていた場所には、この金木犀は存在しないのよ。しかも、その場所は今はもう別なものに作り変えられている。今までは美夜ちゃんの中で生きていたけど、貴方を目覚めさせる為とはいえ、根を絶たれてしまったから寄生や共存も無理。このままにしていてもやがては死が訪れるわ」
「そんな……。それは、駄目よ!」
 有佐の手にしていたたまごを奪うように手にする。
「私が何をすればいいかなんて、まだわからないけど。そんな事はさせない!私がこのたまごを手にしてそれを防ぐ事が出来るなら――…!!」
 手にしたとたん、たまごにピシピシとひびが入る。
 今まで有佐が持っていても何の兆しも無かったのに…だ。
 美夜は驚いてしまった勢いで、たまごを落としてしまった。
「あ―…」
 有佐が地面に落ちてしまったたまごを見て呟く。
 地面に落ちたたまごは見事に殻を砕いていた。
「ごっ…ごめんなさいっ!!」
 美夜が慌ててしゃがみ込むと、たまごの中にいた物体が動いた。
「全くだ…。何で僕が叩き落されないといけないんだよ……」
 体中くだけた殻だらけの状況から脱しようと、両方の翼で身繕いをする。
「…ぬいぐるみ……?」
 たまごから出てきたのは、エメラルドグリーンの色をした鳥のぬいるぐるみだった。
「ぬいぐるみで悪かったな。……なら、こうなれば文句はないか?」
 そう言ったとたんに、その姿を別なものに変化させた。
 目の前に立って、座っている美夜を見下ろしていたのは、エメラルドグリーンの瞳を持ち、明るい薄茶色の髪を持つ男の姿だった。
「え…」
 美夜が驚きの声を小さくあげる。
「おや、こいつは…」
 そう驚きの声を小さくあげたのは、リベラルだった。
 剣はそれに気付いたが、リベラルが特にそれ以上話す事がなかったので追求する事はせずに黙ってそれを見過ごす事にした。
 ユリエットは身長差があるからか、美夜を見下ろすような視線でニヤリと笑みを浮かべる。
「はじめじまして、美夜。僕の名前は、エリアス W ユリエット。この仕事、これで二回目だから名前は持っているんだよ。…以後、宜しく」
 手を美夜の方へさし出す。
「あっ…。はい……」
 美夜も慌てて手をさし出す。
「美夜ちゃん。この人がこれからあなたを守ってくれる『王子様』よ」
 有佐がにっこりと笑いながら美夜に伝える。
「だれが王子様だって…?」
 ユリエットが嫌そうな表情を浮かべたが、有佐は「まぁまぁ」と言って軽く流すだけにとどまった。
「さて…、大原さん。用意はすべて整ったよ。君が手にしている用紙には何と書いている?」
 状況を黙って見ていた剣が口を開いた。
 美夜は剣が何の事を言っているのかすぐには理解できなかったが、リベラルがニコニコしながら指差した場所――手の上――には先程まであったはずの折鶴が見当たらない。
 代わりに存在しているのは一枚の白い紙だった。
 そこにはただ一言。
『新しい息吹きを貴方のもとに――…』
 と、書かれていた。
 それが何を意味しているのか判らなかった美夜は、剣の様子を恐る恐る見る。
「これは美夜。君にしか出来ない事だ。コイツは関係の無い人間だし、君とペアを組む相手である氷天 剣には尚更出来ない事だ。この場所にいて、それを拒否する事は出来ない。これは必ず叶えなければならない『天命』なんだからな。しかも、美夜がしなければ氷天 剣が始末をつける事になる」
 剣の代わりにユリエットが言った。
「でもさ…、ユリエット。なんでリベラル様を『コイツ』呼ばわりするのよ」
 それは剣も思った事だった。
 今までこの世界に身を置いてきたその時期は短いのは認めよう。しかし、リベラル自身が良く遊びに来てくれるので、それなりに仲が良くそして誰を友達と呼び知り合いと読んでいるかも分かっているつもりだ。
 だが…リベラル様を『コイツ』呼ばわりする存在を見たのは初めてだった。
 リベラルの反応が気になり、剣と有佐は視線をリベラルへと移す。
 しかし、当の本人はただ嬉しそうに笑うだけのようだ。
「まぁ、その事はどうでもいいんだよ。さぁ、この金木犀の為にも…」
リベラルはにこやかな笑みを浮かべ、美夜の胸元で静かに光りを反射しているネックレスを指差した。
 美夜は驚いた。
 その示されたものは、さっきまでは無かったものだ。
 ……というか、自分の所有している物にこのような飾りは無かった筈だ。
「これが君の武器となる」
 想像すらできなかったセリフを聞いてしまう。
「え…?これ、ただのネックレスじゃぁ……」
「…ないんだな……。能力者にしかできないものなんだけどね。こうやって、鎖の部分と装飾の部分が取り外せるんだ」
 飾りをリベラルが鎖から外すと、その形はとたんに変化した。
 リベラルの手の中には、映画や本でしか見た事の無い武器と言われる物があった。
「はい。暫くは特訓だね」
 リベラルが透き通った剣を手渡し、地面に座り込んでいる金木犀の方へ背中を優しく押した。









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