【]】覚醒
同じ目線で語ろうと更に近くに寄り有佐がしゃがみ込む。
剣は仕事が終わったとばかりに、再び大鎌を振り下ろした。
手元にあるのは、大鎌と同じ色に輝く銀色の十字架をかたどった物。
それを剣は首にかけて、制服の下に隠した。
「ウインド…。一つ頼み事があるんだけど……」
相手が実際に姿を現していないために、その言葉は独り言のようにも見える。
『解っているよ』
そう微かに聞こえる声があった。
「有佐。借りるよ」
剣は有佐が手にしていた杖を手にすると、勢いよく地面に突き立てる。
そうして、有佐の様子を黙って見守る事にした。
小さい美夜は、じっと有佐を見つめる。
ようやく記憶がはっきりしてきたのか、表情が嬉しそうなものへと変化した。
「おねぇちゃん!!」
両手を広げて抱きついた。
「ねぇ。なんでいっしょにあそんでくれなかったの?…わたし、おねぇちゃんがあそびにくるのを、ずぅーっとまっていたのに!」
小さい両腕で有佐をぎゅっと抱きしめながら懸命に訴えかける。
「おねぇちゃんだけが…!おねぇちゃんだけが、わたしのともだちのことをみてくれたのに!!」
爆発していた途中を金木犀によって封印されていたのだろう。
目覚めてすぐに、あの過去の世界で会ったあの時のように泣き始めてしまった。
「ねぇ、美夜ちゃん。夢からさめよーよ…」
そう言った有佐は、ふとした事を思い出した。
そして、「美夜ちゃん、美夜ちゃん…」と、小さく耳打ちしてこそこそと伝える。
「え…」
今までぐずぐずと泣いてばかりだった美夜が、驚いたような表情をしながらもその眼差しを剣の方へと向ける。
「は…?」
今度は剣が驚いたような表情をする番だった。
一体、何がどうしたのか、さっぱりわからない。
「おい…。有佐……」
美夜の視線から逃れるように声をかける。
どうしていいのやら…。次に自分がすべき行動を理解する事ができない。
剣の困ったような表情を見て、美夜は再び有佐へと視線を戻す。
「あ…、でもね?起こしてくれたのは、この人でも…。これから美夜ちゃんを守ってくれる王子様は、この人じゃないんだよ」
「ちがうの…?」
首を傾げながら有佐をじっと見つめる。
「美夜ちゃんをこれから守ってくれる王子様はねー。これ」
足元に転がっていた卵を指差した。
「たまご…?」
「そう。でもね、ただの卵じゃぁ…ないんだよ?あなたの為に存在してくれる王子様なんだから。………だから、起きよ……?」
そう言って、有佐は美夜に再び目を閉じるように促す。
美夜もそれに素直に従った。
「ここは……」
長い夢を見ていたような感覚が、まだ残っている。
「おはよう。美夜ちゃん」
「……ある程度の事は…思い出せるようになっただろう……?」
倒れこんだ事までは、何となく記憶に残ってはいるのだが…。
上体を起こし、自分の前に立っている二人へ真剣な眼差しを向ける。
「あの時…会ったのは……。やっぱり、貴方よね…?」
思い出した記憶の中にいるのは、今目の前に立っている人物と全く変わらない。
自分はあれから成長しているというのに…。
「大原さん…。貴方にとっては過去の事でも、俺達にとってはつい先刻の事になるんだよ」
説明になっているような、なっていないような、微妙な言葉を剣は口にする。
「まぁ、そこらへんは…今回は置いといてよ。その内いやでも解るからさ」
にこにこ笑いながら有佐がある物を手渡そうと手を伸ばした。
「たまご…」
ようやく立ち上がり、それを受け取ろうと美夜も手を伸ばす。
「これが…。私の為にいてくれるモノ……?」
「そうだよ。わたしと同じ存在の者だよ」
そんな時だった。
ふと、視線が別な場所へと向いた。
後ろに立っていた剣がとある方向へと視線を向けた事に気が付いたのだが…。
たまごを手にする事を止めて美夜も同じ方向へ視線を向ける。
そこにいたのは、小さい頃自分と遊んでくれていた人物。
「……キンモクセイ…」
花壇のような囲まれた土の上に座っているように見えた。
あの時と変わらない、優しい雰囲気を今でも纏っている。
「……あぁ…美夜………。また、会話が出来るのね……。嬉しいわ。でも、今…歩く事ができないの。こちらに来てくれるかしら?」
美夜はその場に駆けつける。
駆け寄って金木犀が歩く事の出来ない理由を知った。
「あなた…。足は……」
体を立って支える為の足が無かったのだ。
「私の力が足りなかったのよ。彼のせいではないわ。むしろ、彼は今の私に対してそれとは逆の事をしてくれている」
近くには優しく金色に光る杓杖が地面に突き立てられている。
「俺の能力は、全てを無に換えてしまうものだ。それに対して、俺とコンビを組んでいる有佐が持つ能力は、それに均衡をもたらす為の力を持っている。僅かなら……、生を長らえる事が出来ると思ったんだ」
有佐と剣がゆっくりと歩いてきた。
「本当の事を教えてください」
有佐が金木犀に向かって言った。
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