【\】 目覚め



 爽やかな風が一瞬にして突風へ変化する。
「ウインド!やめるんだ!!」
 剣の静止させようとする言葉に、空気が静かになった。
 この空間は、剣と契約を結んでいる風の聖霊が用意した空間だ。
 剣の不利になるような事は決してしない。
 そして、危なくなったらどの様な事柄からも助けようとする。
『何故だ?!』
 礼を言われる理由はあっても、そのような事を言われる筋合いは無いと言わんばかりの声質の声が響いてくる。
「俺は大丈夫だから、落ち着いて…。……理由があるんだ」
 銀色の…まるでよく絵に描かれている死神が持っているような大きな鎌で、襲ってくる木の鞭を薙ぎ払いながら言い聞かす。
 剣の言葉に納得したのか、辺りの風から殺気が消え落ち着きが戻ってきた。
「ちょっとぉーっ!剣ぃっっ!!そぉんなゆーちょーなコト言ってどぉーすんのよー」
 襲いかかってくる木の鞭を懸命に受け流しつつ、有佐は剣に対して何とかしてくれと言ってくる。
 木の鞭は近くに寄らせないように、容赦なく攻撃を繰り返している。
 初めは剣が有佐を庇うような体制をとっていたが今は違った。
 剣を守るように、有佐が剣の前に立ちはだかっている。
 そして後ろにまわった剣は、その大きな鎌を大きく振り瞬時に姿を消した。
 有佐に限らずぬいぐるみは、主を守る為に防御用の武器を持っている。
 それは、剣のような主が攻撃をする為の武器を与えられるのと対になっているものだった。
 有佐の身長と似たような長さをした大きな十字架にも見える杓杖を地面に突き立て、剣を守る為の壁のような物を永続させる為の呪文らしきものを更に唱える。
「いいか…。さっきの金木犀の言葉でようやくわかったんだ。彼女は鍵が変に壊されないように守っているんだよ」
「だから……!『カギ』…って、金木犀のコトじゃないの?!」
 未だに襲いかかってくる木の鞭に、杓杖を両手で握り直しながら聞き返す。
 剣はその様子を見て、両手を有佐の後ろから差し伸べる。
「ウインド…」
 小さく囁かれるように紡がれた言葉だったにも関わらず、空気に溶け込むようにして『了解した』と声が聞こえる。
 剣の声とシンクロするように別な声が聞こえてくる。
「剣…」
「杖に集中しながら聞いていろ…。補助くらいなら、ウインドの助けをもらって俺にもできるから……」
 剣の言葉の通り、自分が負担する量が減っている事に気が付いた。
「ありがと…」
「どーいたしまして。……じゃぁ…話を元に戻すぞ…」
 視線は金木犀を捕らえたままの状態だ。
 有佐もこくんと頷くだけで了解の意思を伝える。
「本当の鍵は、『大原 美夜』自身なんだ。…いや、少しばかり言い方が違うかな…。……鍵は…『過去の大原 美夜』が持っていたのさ」
 有佐は剣の言葉に驚き、金木犀に守られるように倒れこんでいる美夜を見る。
「あの『大原 美夜』じゃないぞ?『あれ』と『これ』は別物だ。だから、今の美夜が昔の自分を知らないのさ」
「ちょっと待ってよ…。それって……」
「いや。先に否定させてもらうが、君が考えているものではない。別物とは言っても、一緒なんだ。ただ今が違うだけなんだよ。…そうだな…たとえるなら、金木犀が『立ちはだかる大きな壁』となっていると言った方がいいかな?過去のあの子が現実…つまりは未来を見る事が出来ないようにね……」
「むずかしいよ。それ」
「…それなら、これと一緒のようなものと言えば……解るか?」
 両手が塞がっていて使えないから、あごでくいっと目の前にある物を指し示す。
 それは、有佐が作りあげた透明な壁だった。
「攻撃を透さないだろう?これは内側にいるモノを守る為さ。だが、あの『壁』は透明ではなく、全てを遮断する壁だ。そして思考は…そうだな、例えさせて頂いて悪いかもしれないが、ウインドと似たようなものだよ」
 剣が言った事に『否…。良く理解する事が出来た』と、声だけが聞こえる。
「いいか…?有佐、君はあの『鍵』に話し掛けるんだ。おそらく、彼女は応えてくれる」
 言い聞かせるようにゆっくりと伝えていった。
「でも、なんでそんな事が言えるのよ…?」
「俺の事は姿しか知らないだろう?…何しろ『あの時』話をしていないのだからな。だが、有佐は違うだろう?あの子と会話をしているのだから」
 言われてみればそうだった。
 過去の時間を覗いた時、本来は禁止されていた事である過去との接触をしているのだ。
 『あの子』が『あの時』の状態のままならば、自分の事を知っているだろう…。
「…でも、話を出来るキョリじゃないよ………」
 相手の方へゆっくりと視線を向けてその様子を窺うが、出来た事と言えば、先程から少しも変わっていない事を再確認する事ぐらいで。
 語りかけるには遠すぎる場所に足止めされているこの状態を何とかしなければ、有効範囲の狭いこの打開策が効くわけもなく…。
「だから、それは俺が担当するんだよ。暫くはここから動くなよ?守る身は自分自身だけだ。俺にまで気をかけるな。いいな?」
 剣が頭上から、これからの行動を指示していく。
「でも、わたしは剣を守るコトが使命なのに…」
 素直に聞き入れる事は不可能だと遠まわしに言う。
「断言してもいい…俺が深手を負う事は決してない」
 そう言うと、剣は有佐の次の言葉を聞く前に場所を離れる。
 大きく腕を振ると、その手の中にはあの大きな鎌が再び現れていた。
「いいか?ウインド。現在における最優先事項は俺ではなく有佐だからな……」
 目標に向かって走っていく途中で小さく言う。
『了解した。貴方の意志に従おう』
 そう聞こえると、剣は自分を優しく撫でていく向かい風を感じた。
『しかし、私の主は貴方だけだ…』
 聞こえるか聞こえないかという微妙な大きさの声が聞こえる。
 このセリフを偶然にも聞き取った剣は、微笑を浮かべ「ありがとう」と呟いた。
「それじゃぁ。行くぞ…!」

 この空間の中では、自然の者の力を借りれば生死に関係する事以外ならば、どのようなことも可能となる空間だ。
 剣が大きく地面を蹴り上げる。
 そこへすかさず風が地面から天に向かって勢い良く吹いた。
 普通ではありえない跳躍といっても全然かまわない程の高さだ。
 枝の鞭が剣の方へ全てを向けたのだが、直ぐに向かってくるような事は無かった。
 枝の鞭は微かに動くだけに留まっているだけだ。
「ほらね…」
 誰に言うでもなく剣は小さく口にしながら軽やかに着地する。
 その場所は、先程の攻撃からはとても考える事の出来ないような場所――。
 あと僅かな距離に着地していた。
「しかし…もう限界でしょう……?」
 剣の言葉が引き金になったかのように、全ての枝の鞭が同時に襲ってきた。
「剣っ!!」
 有佐が驚きの声をあげる。
『大丈夫です』
 はっきりと断言する声が響く。
 そして、その断言通り、枝が剣を貫くことはなかった。
 剣の足元に鋭く尖った枝の先端がはらはらと落ちていく。
「申し訳ありません。……ですが、やられてばかり…って訳にもいかないんです。先に進まないですし…ね……」
 再び鎌を構えなおす。
「補足させて頂きますが、俺のこの鎌…。御承知の通り『DEAHT』の能力を備えていますから、再生は出来ませんので悪しからず」
 直後に大きく弧を描くように鎌を振ろうとする。
 そんな時だった。
「剣!すとっぷーっ!!」
 後ろから剣の行動を止める声がする。
 しかし、剣がその言葉に従うことは無かった。
 僅かながらの枝葉の抵抗を難なく振り払っていき、ついにはその根元となる部分へと大きく斬りかかった。
「今、俺の中に浮かんだ選択肢で最短かつ最善の方法は、これしかなかったんだよ!」
 今まで壁となっていた木の精が足ともいえる根元を断ち切られてしまった為に、地面に崩れるように倒れていく。
 ほんの一瞬だけ見せたその表情は、斬られた事に対する苦悶のものではなかった。

 その向こうにあったモノが、ようやく顔を出した。
「…だ…れ…?……わたしをおこすのは………」
 目を閉じて眠っていた人物が目を覚ました。
 胸に大事そうに抱きかかえているのは、ひとつの卵。
「……どーして…?なんで、おこすの……?」
 そう言って、涙を両目いっぱいに浮かべる。
「ねぇ、一緒に遊びたいな」
 ゆっくりと歩み寄りながら有佐が言う。
「わたしと遊ぼうよ」








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