【[】 鍵を持つのは誰だ…?



 あれからまだ大幅な時間は経っていない。
 日が完全に落ちるにはもう暫く時間があった。
 先輩からも、大体の事を聞き出せた事だし。

 こういう事は早目に済ませるに越した事はない。

 先程、電話で大原 美夜の通っている学校の名前と場所は確認する事が出来た。
 勿論、確認を取るにあたって電話をした相手とは、水ノ瀬 佑也である。
 いくら完全に日が落ちていないとはいえ、放課後という事には違いなく。
 今から彼女が通う学校へ向かっても、必ず会えるとは断言できない。
 しかし、確立が全くないという訳ではないので、僅かな確立にかけてみる事にした。
 そうして、今、自分達はここ――…つまり、大原 美夜が通う学校の門の前に立っていたのだった。
 違う高校の制服を着た二人の人間が門に立っている事が珍しいらしく、殆どの人達が通り過ぎても2人を振り返る。
 しかし、2人はそんな事もお構いなしなのか堂々と立ち、何気ない表情をして会話をしていた。
「おそらく…。あの時の木の精が鍵を握っているに違いない」
「あの時あった木は…?」
 有佐が現在の状況を聞いてくる。
「金木犀だろ?……確か…俺の記憶だと、なくなっているハズ…。枯れてしまったから処分したらしいと、むかし父さんから聞いたおぼえがあるが……」
 懐かしい記憶を蘇らせながら説明をした。
 それにしても…。今になってあの木が枯れた理由がわかった。
 植物も含め、存在するものには必ず意思がある。
 それが精霊・妖精というような形となって、自分達には見えるだけの事…。
 形があってもそこから妖精達が居なくなれば、形を保っていく事が出来なくなる。
 つまりは、これも一つの形ある『死』だ。
「……『自分の外見を捨ててまでも守るに値するもの』だった…という訳かな…?」
 剣は呟くように言った。
「あの木の精は言っていたわ。『つぎ会う日まで…』って」
「長い間、待たせたな…」
 微かな笑いを浮かべて言う剣に、有佐も笑って同意する。
 しかし、そんな時間にも終わりが見えてきた。
 会話がつきてしまったのだ。
 有佐はつまらなくなってきた。
 くだらない話が出来るような雰囲気でもなく、他愛無い会話を楽しむような相手でもない。
 学校の門の近くに立ち、校舎側から歩いてくる人を一応に眺めてはいるのだが、探している時は、なかなか見つからないものだ…。
「ねぇ…、剣ぃ……。いつまでここに立っているのぉ?もぅ、つかれたよぉー…」
 とうとう有佐が愚痴を言い始めた。
 剣もその様子に溜め息を吐く。
「来るさ…」
 気休めとしか思えないセリフ。
 しかし、その言葉が事実へと変化するには、そう時間は要らなかった。

 
 靴箱の前で溜め息を吐く人がここも一人いた。
「…あら、どうしたのよ。美夜。溜め息なんか吐いて」
 靴を棚から取り出し、地面へ下ろす。
 美夜は何も語らず、ただ苦笑するだけだった。
「ははぁーん…。さては、あの人達のことでしょう?いったい何時まで悩んでいるのよ。……いーかげん諦めたら?」
 真樹はいつか言った事と同じ事を口にする。
 2人共、靴を履き替えてその場を立ち去っていく。
 そうして、ようやく美夜が喋りだした。
「真樹ちゃん……。そんな事を言っても、間違いないのよ。絶対に。私はあの人達に一度会った事があるのよ」
「でも、向こうは『知らない』って言っていたじゃないの……」
 あの時の事を思い出しなよ…とでも言うように語りかける。
「うーん……」
「もぅ…。往生際が悪いなぁ……」
 真樹が困ったように呟いた。
 美夜は真樹の言葉が聞こえなかったのか、一人考えているようだった。
 あの時の事を思い出す――…。
 確かに、あの時のあの人達はそう言った。
 でも、絶対に会っているのだ。
 それは確信を持って間違い無いと言える。
 自分でも何故かは解らないが、そう思うのだ。
 『思い出したら、今度は声をこっちからかけるよ』とは言ってくれたが、それが何時になるかなんて解ったものではない。
 もしかしたら、昔一緒に遊んでいた友達かもしれないのに…。
 また…あの道を歩いていたら会うのではないかと思うと……。
「ねぇねぇ…。あれ……って………」
 何も話さないまま校門近くまで歩いてきた二人だったが、真樹がある事に気付いた事で物思いに耽っていた美夜は現実に引き戻された。
「ほら、あれ…」
 『あれ』と指を指して言われなくてもすぐにわかった。
 校門にこの学校の生徒ではない人が立っている。しかも、とても異色を放っているのだ。
「ほらほら!あれ!!あの人達だよ?」
 美夜よりも嬉しそうにして真樹は美夜を引っ張っていく。
 美夜は只されるがままとなってしまっている。
 普通には見られない外見を持つ二人もこちらに気がついたのか、こちらを見て一人が手を大きく振っている。もう一人は…というと、その相方の様子に頭を抱えているようだ。
 真樹と美夜が二人の前に到着する。
「こんな所まで来て悪かったな…」
 始めに挨拶のような事をしたのは、髪の長さが腰下まである男の方だった。
 無表情とは違うのだが、むすっとしているような、いないような…。何とも表し難い表情で詫びを言ってくる。
「いえ…。別に……」
 美夜はかしこまってしまった。
 その様子に何かを感じ取ったのか、相手が表情を少しばかり変え再び喋り始める。
「自己紹介がまだだったな…。俺は氷天 剣というんだ。よろしく」
「あ…。それは、どうも……」
 どうも上手く話が出来ない。
 そんななか、いきなり剣は真樹に視線だけを送った。
「あっ。ごめんねぇ―…。今日は、美夜ちゃんに特別な用事があるの。今日だけは席を譲ってくれるかなぁ」
 剣の隣に立っていた人物が申し訳なさそうに言う。
「あ―…。大丈夫よ。つもる話もあるだろうし。じゃっ、今日はここでお別れね」
 真樹は別れ際に『今度この人達を紹介してね』と付け足して去っていった。

 少しばかりの沈黙。
 それを取り払ったのは、氷天 剣の隣に立っていた人だった。
「私ね、知っていると思うけど、黒宮 有佐っていうんだー。よろしくねっ!」
 首を傾げるのと同時に大きなリボンも揺れる。
「じゃぁ…。場所を変えようか」
 いきなり剣が歩き出す。その行動を知っていたのか有佐も大人しくついて行く。
「あっ…はい……」
 美夜は剣と有佐の後を静かについて行くしかなかった。
 必要な事しか口にしない主義なのだろうか…?
 しかし、そうは思ってもなかなか口にすることはできない。
 ……まったくもって、会話をしようとしないのだから困った。
「ねぇねぇ。あの時、何も思い出さなくてごめんね?詳しくは、あなたが全部思い出したら解るからさ」
 にこにこしながら振り返りつつ、美夜に向かって話しかける。
 突然言われてしまったので聞き逃しそうにもなったが、最後の方はきちんと聞けたのでそれなりに言い返す事が出来た。
「全部って…。忘れているからそんな事出来ないのに」
 そんな事を言われても困るばかりだった。
「まぁ…。全部だなんて事は俺にだって無理な事だから、忘れている大切な人を思い出してくれるだけでいいんだよ」
 有佐とは違い振り返る事はしなかったが、先程よりは何となく優しく聞こえる言葉だった。
「さて…と……。着いたのですが…、記憶の中に眠る貴方もそろそろ起きて欲しいですね」
 わき道に入り、とあるドアの前に立った剣がようやく振り返って美夜に話しかける。
 その表情は、笑っているのだろうか…?あまりにこやかとは言えないのだが、無表情とも言えない。冷ややかな笑みと言うわけでもないのだが、優しさを含んだ笑みでもないのだ。
 自分でもわかっていて、そのような表情をしているのかを知りたくなってくる。
 ある意味、気になる人間となっていた。
「はいはーい。ぼーっとしないで!はいりましょ?」
 いつの間に扉を開けていたのか、二人とも扉の向こうで自分を待っている状態だった。
 美夜も自分で何をぼーっとしていたのか解らなかったが、有佐の言葉に驚き慌てて扉の向こうへと踏み入れていった。
 普通に足を踏み入れただけなのに、いきなり身体に力が入らなくなりその場に座り込んでしまう。
「なっ……!」
 段々頭までくらくらしてきた。
 『懐かしい…』
 何処から聞こえるのだろう…?
 『あぁ…、なんて懐かしいのだろう……』
 視界が揺れる。
 目の前に立ちはだかっている氷天 剣と黒宮 有佐も微かに揺れて見える。
 そのような視界の中、ある事に気がついた。
 今の自分でありったけの力を振り絞って辺りを見回す。
 確認できた眼前の世界は、扉をくぐった世界として想像できる物ではなかった。
 普通の町並みを歩いて辿り着いた場所だと言うのに、どうしてこの場所には爽やかな風が吹くのだ?何故、ここは辺り一面が草原なのだ――…?!
 さっぱり解らないのは自分だけだった。
 『造って下さったのですね…』
 また、声が聞こえる。
「この空間は頼んで造ってもらったんです。貴方のために…ね……」
 そのセリフは自分に向かって言われていた。
「わ…た……」
 言葉が言えなくなっている。
 座っていても自分の体を支えきれなくなり、両手を地面についた。
 その時になって、ようやく自分が置かれた状況というものを知った。
「!!」
 両手を挟んだ地面に流れ落ちる涙があった。
 それは紛れもなく、自分が流しているものだったのだ。
 そして――…自分の周りには…。
 木の根が張り巡らされていた。
 『幻だと解っていても…。とても懐かしい。嬉しい……。再び、この子の姿を見る事が出来た…。また、会えた…』
 その言葉は自分の口から出ていた。
 自分の口は、嬉しい嬉しい…と、何度も呟き、静かに涙を流しているようだった。
 もう…、自分が認識できる領域が僅かになってきている。
 このまま…深い底へと誘ってもらっても……。
 この誰かわからない声の主に身を委ねても、自分には害は無いと誰かが言っている。
「大丈夫。暫くの間、おやすみ…」
 優しく促す声が聞こえたような気がした。
 この声は誰だろう…?
 最後に、声が聞こえた方向を見た。
 そこには、銀色に静かに輝く大きな鎌を持った黒尽くめの衣装をまとった人物が立っていた。
 沈んでいく意識の中、大丈夫…と、自分も復唱していた。

 美夜が意識を放した。
 地面に倒れこんだ美夜を、剣と有佐が見下ろしている。
「ここまで根を下ろしていたのか…」
 剣は困ったように呟く。
 小さく体を動かしたしぐさに、衣服の装飾が同じように小さな音をたてて動いた。
 剣の衣服は制服から、どこか不思議なスタイルの衣装に変化していた。
 しかも、右手には大きな鎌を持っている。
「これが最高速度だったんだからさ…。これ以上はあってもこれ以下はなかったんだと思わなきゃ……。ね?」
 有佐が剣を見上げて言う。
 美夜は大きな木に包み込まれるように眠っている。
 さわさわ動いていた木は、一部を人間の姿に変えた。
「先程は…あまりの嬉しさに取り乱してしまい、大変申し訳ありませんでした」
 美夜の口を通して聞こえていた声よりも落ち着いた透き通る声をしていた。
 そして、深々と頭を下げる。
「改めまして…。お初にお目にかかります。わたくし…金木犀に宿る精であった者です」
 そこまで言うと、表情を変え姿勢を正した。
「もしかして…」
 剣だけが空気の変化に気が付き、自分が持っていた鎌を両手に持ち構えをとった。
 イレギュラーではあったが、そこからは普通に事が進むと思っていたのだ。
 だから、相手にも最大の敬意を払って、正装をしたのだが…。


「……そして、今は大切な鍵を守る者です………」


 その言葉が全てを物語っていた――…。

「鍵は貴方じゃなかったのか?!」
 金木犀が静かに言うのと同時に、剣は有佐の前に一歩でて身を守りながらも声を大にして言っていた。






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