【Z】 本来の時間へ。
「おかえりなさい。理由は解ったかしら…?」
杉本 優はにこやかに二人を出迎える。
「あ―……」
有佐が返事に困っている。
あの後、すぐに本来存在すべき時間へと帰され、今は優に従うウィーネルティレットが創りだした水宮にいたのだが…。
本当に突然だったので、状況にもすぐに対応する事ができない。
「少し待ってください。先輩…。状況の整理をしたいんです」
なんとか言えられたのは、この言葉だけだった。
「じゃぁ。立ち話もなんだから、座ったら?」
優の言葉に合わせて、それまでは無かったのに透き通った薄い青色の椅子が現れる。
よく見てみると、その椅子は管で出来ているようで、その中を水が流れている物だった。
冷たい物かと思ったのだが、誘われる様に腰掛けたその椅子は、冷たくも熱くもない座り心地の良い物だった。
暫く経ち、ようやく自分の中で話をまとめる事が出来始める。
「先輩―……。彼女にはアレを渡していないんですか?」
剣の言葉に、優は否定の言葉を返す。
「不思議なものよね。選ばれたのなら、見える筈なのよ。あなたもそうだったでしょう?なのに…。聞いた話では、見えなかったそうなの」
本当に、不思議そうに語ってくれる。
「素質が無かったのではないですか?」
ありえない事だとは思うが、誰にだって間違う事はあるのだ。
それを認める事も必要だと思うのだが…。
「それは違うわ。私達だって、選ぶ時に何度も何度も確かめるもの…。素質の無い人は選ばないわ。それに…過去の話とはいえ、見たでしょう?あなた達も。彼女が自然の者と会話をする場面を……」
「ですけど…。それはカコの話じゃぁ…ないのですか?」
有佐が不安そうに尋ねる。
「そうですよ、先輩。それなら俺にだって言えるではないですか…。子供頃に自然の者が見えたり話したりする事なんで出来ませんでしたよ?俺は」
「だから、彼女は極稀なタイプなのよ。それに、私は言ったでしょう?『封印されている部分がある』って……。そして、届いた仕事内容の紙にも書いてあったでしょう?」
それを聞いて、剣は仕舞い込んでいた過去の事を振り返りつつ、言葉にしていく。
「えぇ…。ありましたよ。確か……、王子様がどうとか…」
言葉を濁しながらも話していく剣を見て、優は可笑しくなり吹きだしてしまった。
剣はそれを見て更に不愉快そうな表情を浮かべる。
「えっ!!」
その言葉を聞いて、驚いたのは有佐だった。
「は?」
その言葉を聞いて剣は嫌な予感がした。
「うっ…。なんでもない。なんでもない」
ふるふると首を一生懸命振って否定する。
しかし、それが更に疑問を誘う。
二人の間に何とも言えない沈黙が流れていった。
「はいはい…。二人とも、それくらいにして」
その沈黙を破ったのが勿論の事ながら優だった。
「で。わかったかしら?封印されている理由が」
話題をなんとか本題へと戻す。
「俺にはさっぱり…」
剣は申し訳なさそうに言った。
「あ。私、なんとなくだけど、わかるような気がしました」
おずおずと手を上げながら有佐が言う。
「あら、珍しいわね」
いつもは有佐が解らず、剣が淡々と説明をしていくというパターンなのだが、今回は違うようだった。
勿論、何故このようになるのか優には解っている事なのだが、あえてこのような態度をとったのだが……。
「あなたの見解は、どうなのかしら…?」
優が有佐に尋ねる。
「え―…っと……。たぶん…何ですけど、我慢をする事が出来なくなったんじゃないかと……。あっ!ごめんなさい。過去に触れるのは禁止されていたのに、うっかり過去の人間と…」
しょんぼりと少し俯きながら詫び言う。
「あら…、その事に関しては、特別に許してあげるわ。…と、言うのは少しばかり嘘でね。実は、マゼンタ様や私が初めから知っている事だったのよ。だから、あなたがあの子と会話をする事は、在るべくして起こった出来事だったのよ。………それにしても、そうね…。本人と話をしているあなたがそう思うのだから、そうでしょうね」
優は、微笑みながら答える。
その返答に、有佐は嬉しそうな表情を浮かべた。
「そうでしょうね…って、先輩。本当の答えを知らないんですか?」
剣が言う。
「えっ!!そーなの?!」
「君は、気付かなかったのか?」
「………」
有佐は嫌味に聞こえる剣の言葉に不服そうな顔を向ける。
「知らないわけでは、ないのよ。でも、本当の答えなんて、当事者しか知らないと思わない?」
二人の微笑ましい言い合いを、優の言葉が終わりへと導く。
「でも、私、わからないんです。どうして、怒りをぶつけた相手があの木の精だったのかが……」
不思議そうに眉をしかめて言う。
「あら、あるでしょう…?『話せる相手と話せない相手』というモノが」
優の言葉から察するに、あの頃の美夜にとって、悩み事となっていたあの『原因』を言える相手が、友達や親ではなかったという事だろう……。
「話せる相手と話せない相手……?…ねぇ、剣もそうなの?」
有佐は剣を見る。
「さて。どーだか……」
「あーっ!教えてくれないのぉ?!」
有佐が言い寄ってくる。
「別に、いいだろう。そんな事…。今するべき事は、仕事だ」
話を元に戻そうと剣が言った。
「そうそう。うさぎさんも、氷天君もそれくらいにして。…今するべき事は、氷天君が言った通り仕事よ」
「じゃぁ、本来の任務をそろそろ教えてくれませんか?『詳しく』教えて頂けるのでしょう…?」
剣がいつもの笑みを浮かべた。
それに対して、優も苦笑の笑みで応える。
「そうね。説明する為の材料も得た事だし、これなら話がかみあうわ…」
そう言って、優が語り始めた内容を簡単に説明すると、こうだった――…。
大原 美夜は、子供の頃『おひめさま』と呼ばれていた。
周りの子供たちからすれば、単なる冗談混じりのお遊びのような事であったとしても、本人はその様には受け取っていなかったのだ。
それらの鬱憤は積もりに積もって心の中に蓄積され、そうしてついにそれらを爆発させてしまう時が来てしまった。
友達に、本当の事を言っても信じてもらえず、親に言っても子供が作り上げた御伽噺としか受け取ってもらえず…。
その為、怒りをぶつけてしまったのが、それらの原因でもある者達だった。
そして、それを見かねた木の精が、自らを鍵とした封印を施したのだという――…。
「過去の記憶と一緒に、それらを見る能力も封じられてしまったのよ。あのような自体を招いた原因が、その能力にあったから…。だから、その封印を解いたら能力は解放されて、リバースとしても目覚めると思うの」
優がそう言うと、剣はわかりました…と仕事を引き受けた。
「普通は、こんなコトにはならないのでしょう?俺は『あの人』から、だた迎えに行くだけだと、以前聞いたんですが……」
剣の言う『あの人』というのが、誰をさしているのか優と有佐にはすぐに解った。
初めて剣がこの世界に足を踏み入れた時、世話役と名乗ってやってきた人物がいた。
どんな人にも初めの頃はアルカナの中から一人もしくは二人程がつき、新人の監督・保護をし、場に慣らしていくのだった。
剣の場合、世話役として名乗ってきたのは一人。
その人物は、アルカナ・SWORDSだと言っていた。結構無口で、必要な事以外はあまり話そうとしない。その人物と組んでいる相手の女の人が、よくフォローしてくれていたものだった。
「あ―…。そんなコト、言ってたねー」
有佐もその時の会話を思い出しているのだろう。記憶を探りながら剣の言葉に同意する。
「例外は、どこにだってあるものよ」
さらりと剣の言葉をかわす。
「さぁ。私が承った仕事はここまでよ。ここからの仕事はあなた達の担当よ」
「わかってますって…。彼女が覚醒さえすれば、俺にだって普通に仕事が来るのでしょう?……そうしたら、『リベラル様』の苦労も少なくなる」
剣が肩をすくめつつも言うと、優は少しばかり苦笑いをしながら答えた。
「あら、リベラル様は世話役でもないのに貴方の所に来るのでしょう?だったら、気に入られているのよ。リベラル様に。……ありがたい事だと思って、受け入れてみたらどう?」
「お世話になっているというよりも、遊ばれているみたいなんですよー。……ねー?剣」
有佐の言葉に、剣は本当に嫌そうな表情を浮かべる。
「まぁ。それは…『楽しそうで、なにより』じゃない」
「先輩まで、何を言い出すんですか…。それでは、俺はこれで失礼しますから。仕事は了解したんで、後は俺に任せてください」
そう言うと、今まで座っていた椅子から立ち上がり、とある方向へと向かいだした。
「解っていると思うけど、時間はこの部屋に入った時から経っていないから、安心してね」
背中から優の言葉が聞こえた。
「知っていますよ。…でも、再認識させて下さって、感謝します」
向きも変えず、そのままの状態で感謝の言葉を述べた。
「あっ…。剣、待ってよ」
慌てて有佐が立ち上がり後を追う。
「出口は…」
「知っていますよ。……そこまで俺もビギナーじゃないんで」
優が丁寧に教えようとすると、剣がそれを遮る。
「それもそうね」
優は二人の後姿を見つめながらにこやかに微笑んだ。
剣が手を伸ばすとそこにドアノブが現れ、それを押し開けると扉の向こうには学校の屋上から見える大空が広がっている。
そこから先はいつもの空間が広がっていた。
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