「も―…。何だったの?今の……」
くしゃくしゃになっている髪を整えながらも有佐が呟いた。
「…なぁ……。有佐、あれ」
「え?…『あれって』……?あっ、美夜ちゃんだ!………でも、ちょっと変だなぁ。さっきまで楽しそうだったのに。誰かとケンカしてる?」
離れた場所にいる二人を、目を細めながら見る。
「ねぇ、剣。わたし…」
最後まで言い切らないうちに、今にも飛び出しそうな有佐の肩を今度は捕まえる事が出来た。
「待った。さっきも言っただろ?『カコに触れるな』とさ。それに、もっとよく見ろ。君は、ちゃんと見る事の出来る目を持っているんだからな?…俺よりも。……判るだろう…」
その場に居るように言い聞かせつつも、状況を把握させようと剣は試みる。
更に、注意を払って見ている有佐だったが、いきなり息を呑んだ。
剣もいきなりの出来事に対処する事が出来なかった。
美夜とケンカしていた相手がどうして気付いたのか、こちらを見たのだ。
そして、ふと安堵の笑みをを浮かべた。
「なぜ……」
「わたしたちの事に気付いたの…?」
喧嘩の相手は金木犀に宿る木の精だった。
さっきまで楽しく遊んでいた筈なのに…。
一瞬で様子が…状況が、変わっていた。
おそらくまた時間の移動があったのだろう。
「空間の変化に私達は敏感なのだよ」
その声は何処からともなく聞えてくる。
「ウインド…」
知った声だったので、驚きはしない。
「何で、カコに居るの?」
有佐は不思議に思った事を、そのまま口にした。
「アルカナ階級以上にしかお勧め出来ない技なんだけどね。私の剣の為さ」
≪アルカナ・CUPS≫が使ったモノを、このウインドは自分の意志で行ったというのだろうか…。
「この全容を知っているのか?」
「いや。貴方の行動を見守っているだけだ」
「そうか…。嬉しいね」
自分の質問にウインドが答えた。その言葉だけで理解する事が出来た。
しかし、大抵は解からないというモノであって…。
「俺は理解出来たが、有佐がまだ理解していないぞ」
剣とウインドは無言のまま有佐を見る。
有佐は困った表情を浮かべたままだ。
「……いいですか…?わたし達は人間ほどの時間の拘束を受けないのだよ。それは、貴方にも言える事だろう?黒宮 有佐」
「それは…そうだけど……」
ある程度の理解を示す。
しかし、それだけではやはり完全に理解する事が出来なかった。
「でも、わたしはカコへは行けないわ」
「貴方達はね…。しかし私達は、特別な空間を移動する事も可能なのだよ。時間にも場所にもとらわれない空間をね」
「あ…。そっかぁ……」
有佐はようやく理解出来たようだった。
「その氷山の一角が『会合』の行われる場所として利用されていたり、それぞれの宮として利用されていたりする…という事さ」
補足説明をするように、剣は言った。
「じゃぁ、今回の時間の移動は、ウインドがした事なの?」
「それは違うさ」
否定をしたのはウインドではなく、剣だった。
「あの時、作用した力は『二つ』だった。……そうだろう…?」
そう言う事の出来る理由は…?というと……。
今見ている風景は、意図されたものだ。的確な場所を自分達に見せているのがよく解かる。
そして、今回のこの内容に関しては、このウインドは全くのノータッチだという事を先程確認したばかりである。
結果、ウインドには意図的な事など出来る訳も無い。
剣は丁寧に説明をしていった。
「……なんで、今日はそんなに親切なの…?」
いつもがいつもなだけに、ちょっと違和感がある有佐であった。
「だって、ウインドに迷惑をかける訳にはいかないじゃないか」
「……」
結局、自分の為ではないのだ。
「…話をもとに戻すぞ。さっき言ったように、理由はそんなトコロだ。……だから、ウインドのした事ではないんだよ」
「そう。私は、先程剣達が時間を移動した時に言っていた言葉を聞いて、次はそのような事がないようにしただけだ」
有佐は先程の事を思い出していた。
確か、『眩しい』と言っていたような気が…。
「はぁぁ…。やっとわかったよ」
有佐がようやく納得できたようだった。
しかし、ひと時の和みもここまでだった。
『貴方達に…』
何処からともなく声が響く。
「え?」
有佐も剣も驚いた。
意外だったのはウインドすらも驚いたという事。
「そこまでしてはならない!」
姿は見えず声だけしか聞えないのだが、その声が慌てていたのだ。
全員が意識を向けたのは、美夜だった。
美夜は泣き叫んでいた。
そして、金木犀に宿る木の精は…。
この時間軸に辿り着いた時に視線が合った『あの時』と同じ表情を、ほんの一瞬だけではあったが向けた。
『この人を……』
再び聞える声。
木の精は、突然姿を消した。
そして、先程まで泣き叫んでいた筈の美夜が、いきなり膝をつき地面に倒れこんだのだった。
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