【W】 PM 11:00
「ほら。これで全部だな?」
剣はシャープペンシルを机に投げるように転がす。
「うんっ、おわったよ。よかったぁー。わたし一人だったら、まだ終わってないよ。ありがとね」
有佐もペンを机に置き、大きく背伸びをした。
「なら、ほら…。もう、11時だ。いくら君が普通の人間じゃなくても、夜の道は何があるかわからないぞ。…送っていってやるから、早く帰る準備を……」
「いいよ」
剣が言っている途中から、有佐が割り込んできた。
「一人で帰るか?」
剣が尋ねる。
「ちがう。ちがう。今日はとまっていくの」
当り前のように有佐は言う。
「……『今日も』の間違いだろ。最近]家に帰ってないんじゃないか?」
またか…という顔をして剣は言う。
「いいじゃない。あの家、もとからわたし以外は誰もいないんだから。それに帰るのが面倒になったし…。ね?いいでしょ?」
こうなったら言う事を聞かないと、剣は知っている。
ここで言い合いになっても、明日の学校へ支障が出てしまい、自分にとっても良い事が無い。
「……わかったよ。でも、それならきちんとぬいぐるみに戻ること。そうしないと、一つしかないベッドが窮屈でしょうがない」
呆れながらも、剣は部屋の戸締まりの確認をしに行く。
「はぁーい」
有佐はおとなしくそれに従うと約束した。
「……そうだ。それなら、風呂。先にはいるか?」
少し離れた場所から、少しだけ声を大きくして有佐に尋ねてきた。
「うん。じゃ、いってくるね」
「どーぞ。ご自由に」
剣がバスルームから出てくると、有佐はすでにうさぎのぬいぐるみの姿に戻っていた。それを剣は抱き上げて自分のベッドへと潜り込む。
「ねぇ、剣」
有佐がぬいぐるみのまま話し始めた。
「何だ」
暗い天井をじっと見詰めながら言った。
「アルカナが手伝ってくれるなんて、何があったんだろうね」
ぬいぐるみは暗くて見えないながらにも、隣で横になっている剣に顔を向ける。
すぐには答えが返って来なかったが、暫らく経って剣がぬいぐるみの頭上をぽんぽんと優しく叩きながら、先程と同じ様に暗い天井を眺めて言った。
「ま、明日になれば解かるよ。……じゃ、おやすみ……」
「うん…そーだね。……おやすみなさい」
そう言って、ぬいぐるみも目を閉じた。
翌朝 AM 06:30
「おっ・はっ・よっ・うっ!!剣っ、おきてっ。あーさーだーよっ」
ぬいぐるみが小さい手で剣の肩を揺する。
朝から元気なぬいぐるみだった。
しかし、相手は起きてくれなかった。それどころか、寝返りさえもしない。
「………。ほぉらっ」
そう言った途端、ぬいぐるみは人間になり剣が使っている枕を掴む。
「おきてっ!!」
剣の枕を掴んだ有佐は、いきなりその枕をひいたのだった。
そうして、やっと剣がベッドから身体を起してくれた。
しかし、どこか不機嫌な様子ではあったのだが……。
「おはよ。学校だよ?早く服、着替えて?それに髪だって…」
有佐の言葉で剣がはっとする。
剣の髪は長いのだ。
いつもなら、縺れないように結んでから寝ているのだが、何故か昨日は忘れていたようだった。
「うわ―…しまったぁ…。結ばないで寝てしまった……。…ゆうさぁー、なぜもっと早く起してくれなかったんだ」
慌ててベッドから出て、腰よりもまだ長い髪にくしを通し始めた。
文句を言われて有佐も黙ってはいなかった。
「なぁに言ってんの?ちゃぁんと起したわよ」
「気付かなかったぞ」
それを聞いた有佐は、溜め息を吐く。
まぁ、日常茶飯事の事ではあるし、これ以上して喧嘩に発展させる理由も無い。
それに、自分にだって、まだ行く準備は残っている。
「じゃ、わたしは、あっちの部屋にいっとくからねー」
「あ、有佐。朝食の準備をよろしく」
「ハイハイ」
有佐が部屋から出て行く頃には、剣も髪を結び終っていた。
そして、制服に着替え始めるのだった。
「はい、どぉーぞ」
「ありがと。…ところで、有佐は?」
朝食として用意されていた食事を受取りながら尋ねる。
「ん?あ、待っている間に食べちゃった」
「あっそ」
剣が黙って食べていると、有佐が話し始めた。
「ねぇねぇ。大原 美夜さんのところ。いつ行くの?」
「…まだ決めてない。任務の内容も解からないし…」
ちらっと有佐を見てから答えた。
剣は、まだ朝の出来事を気にしているのか、それとも、ただ寝起きが悪いだけなのか。あるいは、これがいつもなだけなのか口数が少なく、その後も剣はひたすら食べ、有佐はそれをじっと見ているだけだった。
間も無くして、剣も食事が終わる。
「ごちそうさま。行くぞ、有佐」
それからの行動は早かった。
椅子から立ちあがり皿を片付ける。そして鞄を手にして足早に玄関へと歩き出したのだ。
「あっ。まってよ」
その後ろを、鞄を持った有佐が慌てて追った。しかし、すぐに剣の背中と有佐の頭がぶつかってしまった。
「いったぁーい。……もぅ、どうしたの…?」
剣は玄関のドアを開けた所で立ち止まっていた。
「みっ…水之瀬……」
剣の前には、水之瀬 佑也が立っていた。
「よっ。奇遇だな。迎えに来てやったぞ。……おや?そこにいるのは、黒宮 有佐ちゃんじゃないか?家にいないと思ったら…。今日も氷天の家にお泊まりかい?……真実を知らない人が見ると、すっごくあやしく見えるぞ」
水之瀬 佑也が、からかいながらも元気に言う。
彼も朝から元気な奴だった。
「あっ、水之瀬くん。おはよー」
剣の後ろから顔を出して言う。
「おはよ。有佐ちゃん。……なぁにしてんだ?氷天は。突っ立ってないで、ほら、早く行くぞ」
そう言われ、剣もようやく玄関から足を踏み出したのだった。
「ったく…。突然来るんだから……」
「まぁ、そう言わないの」
後ろから有佐が背中を、ぽんぽんと叩いた。
一応、慰めのつもりらしい。
「…そうだ。なぁ、水之瀬」
何かを思いついたのか、剣から話をふった。
「なに?」
佑也は剣の方を見る。
「見付かったよ。俺のペア組む相手が」
佑也は剣が何を言っているのか直ぐに解かった。
「へぇ…。でも、その話を今するって事は、俺の知ってる子?」
その質問に剣は黙ったまま頷くだけだった。
それを補助するかのように、有佐が言葉を付け足した。
「ほら…。前さぁ、突然やってきた子。いたじゃない」
「え……。『あの子』?」
佑也は少しばかり驚き、おそるおそる剣に尋ねる。
「あったりぃーっ」
聞かれてもいない有佐が元気に答える。
「…そう。『あの子』」
剣も、その疑問が間違っていないことを言った。
すると、佑也が剣の肩にぽんと手を乗せて言う。
「あの時、あぁ言ってて良かったな。………偶然っていうモノは、恐ろしいモノだよ。やっぱり…………」
剣はただ苦笑するだけだった。
この日、いつもと違う会話はこのくらいで、それ以外放課後まではいつもと変わらぬ日常を送っていったのだった。
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