【V】 同時刻

 プルプルプル…。
 電話が鳴る。はいはいはいーと良いながら、ぱたぱたとスリッパの音をたてて電話に駆け寄り、受話器を取る。
「はい。杉本ですが…。…はい、私ですがどなたで……ええっ!……マゼンタ様、どうしたのですか?……はぁ、そちらに行けば宜しいのですか?…えっ、来て下さるのですか?そんなぁ…。マゼンタ様がわざわざいらっしゃらなくても…えぇ、それは、まぁ…こんな時間ですし、そうして下さったらありがたいですけど。明日では駄目なのですか?……はい。わかりました。では、お待ちしていますので」
 一人その場で電話の相手に深く礼をし、受話器を置く。
「………やばい。なんとかしないと」
 自分の部屋を想像しながら、ぽつりと呟き部屋に戻る。
「よし。出来るだけ片付けよう」
 しかし、そう時間も経たない内に、壁にドアが現われ始めた。
 その扉がゆっくりと開いていく。
「あ…マゼンタ様」
 扉の中からは、一人の女の人が出てきた。
「突然来てしまって…ごめんなさい。急な用事だったから。…あら?もう少し時間をあけてきた方が良かったかしら?」
 この散らかっている部屋と、彼女が片付けの体勢に入っている事を見て言った。
「いえ…。もう、いいです。凄く散らかっていますが、どうぞこちらに」
 そう言って、椅子へ座るように促がした後、自分はベッドに腰をおろした。
「どうですか?役目にも慣れてきました?」
 マゼンタが微笑みながら言った。
「はい。今では、学校での生活との両立も出来ていると自分では思っています。………それで、私への用事とは何ですか?」
 マゼンタの質問に答えてから、今度はこちらから本題の事について尋ねた。
 それを聞いてマゼンタも真剣な面持ちに変わり、本題へと話を進めていった。
「氷天 剣は知っていますよね?」
「はい。学校も一緒ですし、何回か話をしたこともありますから。……それが、どうしたのですか?」
 彼と話をしての印象は、いたって真面目だということ。
 そんな彼が、何か大変な事件でも起したとでもいうのだろうか…?
「簡単に言ってしまうと、彼にあなたの≪CUPS≫としての力を貸してほしいんです」
 マゼンタは軽く微笑む。
「あの……何かあったのですか?」
 マゼンタの言った事は、本当に簡単すぎて全く理解が出来なかったのだ。
「彼には特に問題はないのですよ」
 それを聞いて少しほっとする。
 しかし、それなら誰だというのだろうか…。
「彼とペアを組む人が見つかったので、いつも通りにその人へ『あれ』を未来に届けてもらったんです」
 マゼンタの言う『未来』とは、彼女につかえているパートナー『未来』の事だ。
「『あれ』…って、卵の事っですよね。そのパートナーになる者が入っている…」
 あの子とペアを組む相手が見つかったのは良い事の筈なのに…。どういう事だろうか。
「それが…。未来は、彼女がすぐ見つける事の出来る所へ置いたのだそうですが、気付かなかった…と。なので、未来は不思議に思ったらしく、暫らく見ていたそうなのですが……。何事も無かったかのように眠ってしまったそうです」
「………はぁ…眠って……」
 何があるのかと、緊張して聞いていただけに、呆れた声を出してしまう。それを見たマゼンタは、少し笑いながら「ここからが重要なのです」と言葉をつなげる。
「突然、彼女の中から現れた人物がその卵を取上げて、彼女の中に消えていったそうなのです」
「何ですか?それ。…ところで、話を曲げるようで悪いのですが、彼女って…、その卵の主は女ですか?」
 話を聞いていて思った事を尋ねてみた。
「あら、ごめんなさい。言ってなかったかしら。……彼女の名前は『大原 美夜』というのよ。……この紙使っていいかしら?漢字はこう書くのね」
 机の上にあった紙に、『大原 美夜』と漢字を書いて渡した。
 紙を受け取った優は、それに目を通す。そうしている間もマゼンタの話は続いた。
「私も、不思議に思って、私自身でも少し調べたのですが…」
 その言葉に、優は紙から目を離して尋ねる。
「で…どうだったのですか?」
 マゼンタはどこに持っていたのか、白い折り鶴を取り出して優に手渡す。
「詳しくは、これに書いてありますが、彼女には封印されている過去があったのです。そして、その封印を施した本人も、まだ彼女に憑いています。私が思うに、卵を隠したのはその人だと…。氷天には、もう、あなたの名前を入れて折り鶴を送っているの。…もちろん、萌葱にも許可を得たわ。ですから……」
「……はい。わかりました」
 優が言う。
 ここで嫌だと言っても、どうしようもないのだから。
「では、宜しくお願いしますね。優さん」
 にっこりと笑って椅子を立ち、またも突然現れたドアに手をかける。
「あぁ…、そうだったわ。……ごめんなさいね。突然おじゃまして…」
 謝るマゼンタを前にして、優も座っていたベッドから立ちあがった。
「いいえ、そんなことないです。私達13人のアルカナでさえも、普通の日には会えないのに…。それも、私の家まで来て下さるなんて、光栄な事です。だから、気にしないで下さい」
 そう言うと、優はマゼンタに向かって深く頭を下げた。
「そうですか…。では、また会合の日に」
 ドアを開け、中の方へ消えていき、その後ドアも跡形も無く消えていった。








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