【U】 それから一ヶ月後のPM07:50
「剣」
ベランダから呼ぶ声がする。
「ん?なんだ、有佐」
「はい、これ。来たよ」
そう言って、剣が座っているソファへ歩いていき、白い折り鶴を渡した。
「俺か?……また、間違って来たんじゃぁないのか?」
剣はそれを疑って、受け取ろうとしなかった。
「まぁ、受け取ってみてよ」
有佐が、受け取る様に剣に促す。
剣は初め渋ったが、それなら…と、受け取った。
すると、折り鶴は瞬く間に一枚の白い紙になった。
「ほぅ…、俺宛か……。久しぶりだな」
本当に、この鶴が自分宛に来るのは、久しぶりだった。
ここ最近届く物といったら、迷い鶴か完全な間違い鶴か……。
「まぁ、そう言わないで。…で、なに?」
じっと紙を見ている剣に、有佐が訊ねてくる。
「へぇ…。俺とペア組む子が決まったんだと」
「良かったじゃない!!誰?誰?」
剣が無言のままその紙から視線を外し、ゆっくりと有佐に渡す。
有佐はそれに対して受け取ろうとはしないで、剣に持たせたまま覗き込んだ。
「えっと…?おお…はら…み…や……?………大原 美夜だってさ」
自分で言っておきながら、そのことの驚きに気付いていない様だ。
「…………自分の言っている事が解っているか?」
剣が、事の凄さに気付いてもらえる様に聞き返す。
有佐はそうして、やっと思い出す。
そこで、暫くの沈黙が訪れる事となる。
自分達はこの人間の事を、知っているのではないか…?
「……ねぇ………それって…………」
「……あぁ…多分………だと思うよ…………」
『多分』…ではなく、『間違いなく』そうだろう。
あの出来事は、まだ覚えている。
二人して忘れられなかった事だった。
自分達は知らないのに、彼女…つまり『大原 美夜』は、自分達を知っているといってきたのだ。そんな不思議な事を忘れられる筈が無かった。
剣は、ふと思い出し様にもう一度、紙に目を通し初めた。
最初は呆れた顔をしていたが、だんだんと表情が険しくなっていく。
「…?……剣、どうしたの?なんか『しんこくな顔』してるけど…」
剣は有佐の言葉で、はっと気付き有佐を見た。
「あっ・・・。いや、別に何でもないよ」
そう言い、何も言わずに紙を二つに折り曲げた。
有佐には、言いたくはなかったのだ。
こんな事…知られたら、何をされるか判ったものじゃない。
因みに、剣が何を読んでその様な表情をしたかというと、文章の最後に書いてあった暗号めいた言葉があったからだった。
それは、何かというと。
【『眠り姫』を眠りから目覚めさせる『王子様』になりなさい。】
……だったのだ。
こう書かれてしまうと、普通に面と向かって話をしていても、なかなか理解することが出来ないのに、輪をかけて理解する事が出来ない。
一体自分のペアを組む相手に対して、どんな対応をしろと言うのか……。
でも、1つだけ明確に記されている事柄があった。
「有佐」
剣は、有佐に話し掛ける。
「なに?」
有佐は不思議そうに聞き返してきた。
「『アルカナ ・ CUPS』が力を貸してくれるそうだ」
「なんで?」
有佐には、さっぱり解らなかった。
ペアの相手が判ったなら、その人と会って話を少しして…。
まぁ、中には戸惑ってしまう人もいるみたいだが、それも難なく終わる筈なのに。
たったそれだけで、なぜ『《アルカナ》クラス』の人が絡んでくるのか…。
しかし、剣はそれに答えようとはせずソファから立ち上がり、食器棚から皿を一枚取り出してきた。
「有佐。やっぱりこれは任務だったんだ…」
そう言いながら先程の紙を細かく破り、持ってきた皿の中に入れた。そして、燃やし始める。
「なぜ…?お迎えに行くだけじゃないの?」
剣はその質問には答えなかった。
「ウインド」
剣がそう言った途端、部屋の中にもかかわらず風か吹き出した。
「何か用があるのか?」
突然人が現れる。
口調からは判らないかもしれないが、この人物は女である。
剣と比べても髪は異様に長く、軽く結ってはいても足先に届いているのだ。その髪の色は透き通った黄色で、瞳も同じ様な色だった。
「あるから喚んだんだけど……?」
わずかながら沈黙が訪れる。
有佐はじっとその二人を見て話を聞こうとしている。
仕事の内容をきちんと把握していない自分が割り込んでも仕方の無い事だと思い、黙って聞く事にした。
「…それも……そうだな」
小さく喉で笑い納得する様子を見せる。
しかし、ウインドは表情をすぐに変え、真面目な顔をする。
これから本題に入るのだと有佐には解かった。
「私で出来る事なら…、貴方の願いはどんな事でも叶えよう」
そう言い跪いた。
ウインドは剣に対して絶対服従を誓っている。
ウインドは『これが自分の意志だ』と言っていたが、その心の内を知っている人物は誰もいない。
「ちょっと言ってきて欲しい事があるんだが…出来るだろうか」
ウインドはそれを聞いて立ち上がる。
「これから仕事か…?」
ウインドは有佐を見る。
「う―…ん……。そう…らしいんだけど。わたしは、はっきりとした話を知らないのよね」
有佐は状況を説明する。
剣の様子も覗ってみる。
有佐に比べればまだ解かっているようではあったが、それでも不明な点が多すぎると表情で語っていた。
仕事だという事しか解からないが…。
剣が自分を喚んだという事は事実だ。それが解かっていれば自分は十分だった。
『何かあるからこそ自分を必要とした』先程言ってくれた言葉は十分なほど威力を発揮する。
「解かった…引き受けよう。……先ず私は、何をすればいいのだ?」
静かに剣を見詰めながら言う。
「初めは簡単な事だから、悪い気もするんだけど…。普通には、あまり会わない人だから、伝言をお願いしたいんだ。杉本先輩に、『明日の放課後にお願いします』とね」
申し訳なさそうに、苦笑する。
「別に構わないさ。言っただろう?『私が出来る事なら全て叶える』と」
また突然風が吹き、今度は姿を消した。
「伝えよう」という言葉が空気の中に溶け込んでいく。
微かな風が、その場に残った二人の頬をかすめていった。
「嬉しいね」
剣が有佐を見て言った。
「ホント…」
有佐も嬉しそうに笑った。
再び静かな時間が訪れる。
有佐は先程黙って聞いていた時に思った事を、剣に尋ねる事にした。
「ねぇ…。なんで杉本センパイが出てくるの?」
剣のパートナーの筈なのに。仲介が必要だというのだろうか?
ただでさえ、剣はウインドを喚ぶ前から任務だと言っていたのだ。
その『大原 美夜』には何があると言うのだろう。
「いや…。それは俺もよくは解からないんだ。ただ…詳しくは先輩から聞けと書いてあるだけで……。大原さんの事で何かあるんだろう?…多分な」
「あぁ…なるほど。それで…さっき剣が『任務かもしれない』って言ったんだ」
有佐がぽんと手を叩く。
有佐にもようやく理解する事が出来たのだった。
「まぁ、そういうことだな」
背伸びをしながら言った後、「そうだ」と有佐へ別な話をし始める。
「明日の学校の宿題は終わったか?」
有佐は突然の話に驚く。
「へ…?」
きょとんとした有佐を見て、剣は呆れたような表情をする。
「宿題だよ…宿題。その表情から察するにしていないんだろうが……、見せてくれといっても無駄だぞ。見せないから…きちんとしておくんだな」
有佐はそれに素直に頷く。
「うん。そんな事わかってるよ。でもね、解き方を聞こうと思ってさ。…ほら、持ってきてあるんだ」
自分が持ってきたかばんを指差す。
重たそうに抱えてやって来たと思えば…、そんなモノを持って来ていたのか……。
「ねっ?教えてよ。……ね…?」
じっと見詰めてくる。
この視線に勝てる人はそういないと思うのだが……。
従って、自分が言う言葉は一つしかなかった。
「仕方がないな……」
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