【T】 PM 05:20

 学校が終わり…。
 氷天 剣は、黒宮 有佐、友達の水之瀬 佑也と、どこか近くの店で間食でもしようかと歩いていた。
「なぁ、氷天」
「?」
 黙って佑也の方を向く。
「最近何かあったのかい?いつもに増して静かだけど…」
「いや……いつもと変わらない筈だが………。そんなふうに見えるのか?」
 すると横から有佐が、このごろ『じかんてきよゆーが』たくさん出てきたんだよねー、と言ってきた。
「おい、余計な事は…」
 剣が有佐の方を見て言う。
「それって…、この仕事?」
 そう言うと、佑也は剣の胸元を指差した。
 制服の上には何も無い。
 しかし、剣は見えない様に制服の内側から銀色の十字架を首からかけているのだ。
 別にクリスチャンという訳ではない。でも、自分には無くてはならない物だった。
 実は、有佐も含めた剣の二人は、人にはさほど言えない事情を持っていた。
 そして佑也は普通の人間では唯一その隠している事情を知っている人物である。
 剣は有佐をちらっと見てから話し出す。
「…………まぁ、ね。別に顔にまで出す程考えてもいなかったと思うんだけど…?なんたって、『DEATH』だけで終わらせられる事なんて、そう滅多にないしね。ただ、もう本当に暇な会合に出るだけだから」
「あれぇ?一番気になっているのは…」
 最後まで言おうとした有佐に剣は手を前にさしだして、言葉を止めさせる。
 しかし、佑也は剣のとった行動をよしとはせず…。
 佑也は、「言いなさい」と言っているような表情で、剣を見る。
 それに対して剣は、「言いたくない」とでも言うように黙っている。
 暫くの間、沈黙が続いたが…。
「おい。…自分の口で言ったらどうだ?そうしないと…、有佐ちゃんから剣のいない所で、聞き出すぞ?……良いんだな?」
 それを聞いた剣はすぐに困った顔を浮べる。
「それは本当に困るな……。……ったく…こいつは、なんでも喋るうさぎだ。……まぁ、しょうがない。もとをただせば俺が悪いしな」
 剣は有佐を見る。
「うはははは…。でも、良かったじゃない?話せる相手がみつかったんだしさ」
 有佐は苦笑している。
「今回の事に関しては、これ以上は何も言わない事にするよ。……有佐が言ったとおりで、一番気になっていたのは別な事なんだよ。心配事っていうのは」
 そう言って、簡単ではあるが説明をしていく。
「さっきも言ったが、この仕事『DEATH』だけで終わらせる仕事なんて、そんなに無いんだ。二人でペアを組んで『DEATH』と『REBIRTH』のセットで行動をしているんだ。でも、俺にはその『REBIRTH』が見付かっていないんだよ」
 佑也はただ「へぇー」とだけ言う。
「もーっ、なんで剣はわたしに言わせてくれないの?」
 口の前にあてられた剣の手を退かしながら有佐が言う。
 それに対して剣が一言口にした言葉が、有佐が話すと内容がおかしくなってしまうんだよというモノだった。
「まぁまぁ…氷天、そう言うなって」
 有佐ちゃんが可哀想だぞ?と続けながら、佑也は有佐を見た。
「そうだよー。なんて、かわいそうな私なんだろ。こぉんなあんまり話をしてくれないような剣より、佑也くんのほうがわたしはよかったなー」
 有佐は剣を見ながら言った。
 すると剣は、いつものように小さくくすくすと笑いながら佑也の方を見て、どうする?と尋ねる。
「うーん…。有佐ちゃんは、心からそんな事を言うような子じゃないっていうのは知っているからなぁ……。でも、ホント?…だったら嬉しいな」
 佑也も、少し笑いながら佑也を見て言った。
 有佐は剣の腕に自分の腕を絡ませて、「う・そ・だ・よっ」と、可愛く言った。
 それが発端となって三人供に笑い出した。…が、それも長くは続かなかった。
 最初に気付いたのは佑也だった。
「あ…、ちょっと。氷天、あれ。………こっち見てる子がいるけど、知ってる子か?」
「はぁ?あ…ホントだ。…いや知らないな。こいつが知り合いなんだろ?」
 そう言うと剣は有佐の方を見る。
 しかし、有佐は、わたし知らないよ、とだけ言ってまたその誰も知らない人の方を見た。
「ねぇ、その子が走ってこっちに来るよ」
 そう言われなくても、三人三様にどうなっているのかを考えながら、走ってくる人を見ている。
 走ってきた人物は初め黙ってこちらを見ていたが、有佐に向かって喋りだした。
「あの…突然ですが。以前、私と会った事ありませんか?」
「え……?わたし?」
 驚いた顔をして有佐が言った。

 
 時間は先程と同じ時間にさかのぼるが…。
 人が多くいれば剣達が歩いて行く進行方向、つまり向かい側から歩いてくる人達も当然たくさんいる訳であって…。そして偶然にも、その中に大原 美夜とその友達の真樹がいた。
「最近…。ほんの一部だけど…幼稚園の頃のね、友達の事を思い出しだんだ」
 と、話し出したのは美夜だった。
「へぇ…美夜の友達の事を知る人は、誰もいないから良かったね。で、どんな人?」
 反射的に真樹は尋ねてしまう。
「思い出したと言っても、風景的なの。それがね、ちょっと変わっているんだけど…。私が、あの頃はまだ存在していた草原で、たくさんの人達と遊んでいるのよ」
 たくさんの人達と遊んでいる事は良い事ではないだろうかと思わずにはいられない。
「……それのどこが『変わっている』のよ」
 真樹はつい、つっこみを入れてしまう。
「うん。それだけ言うと、別に変わっている点なんてないのよ。でも、詳しくその状況を考えると、おかしいのよ」
「『笑ってしまう』の『おかしい』?」
 本気で言っているのか、冗談なのか、判らないがそう言ってきた。
「まきちゃん……。ま、いいや。それがね、人間は私一人なのよ」
「なにそれ」
 人間じゃなければ、当時の大原 美夜は一体誰を相手にして遊んでいたのか…。
 もしかして…。と真樹は思ったが、それを美夜が言われる前に遮った。
「あ、もちろん幽霊じゃないよ。なんと、絵本に出てくるような妖精達となんだ」
 真樹はとても驚いた表情をして、めるへんだ…と、言った。そして、美夜の肩をぽんと叩くと、一回大きく息を大きく吸い込んでから言った。
「美夜、それはきっと過去じゃなくて夢…。ゆめだよ。たぶん美夜が自分の昔のことを知りたいーって、思っているからそんな変わった夢を見たのよ」
 美夜は、そうかなぁ…と言ったが、途端に「あっ、あの人」と驚いたように口に出した。
「え?誰って?」
 真樹は辺りをきょろきょろと見る。
「ほら、あの人達よ」
 美夜は、前方から歩いてくる人達の中にいる、ある一つのグループを指差した。それは、男二人・女一人の計三人で、こちらに向かってなにやら楽しそうに歩いているグループだった。
 それは、氷天 剣達だった。
「あの三人…。知っているの?」
「三人ともじゃなくて、あのメガネかけた長髪の人と、頭に大きなリボンをした女の子の二人だけなんだけど…………。真樹ちゃん、ちょっと待っててね」
 初めは見ているだけだったが、彼らに向かって走り出した。…そして、真樹がその事を脳まで伝えて反応しようとした時には、もう遅かった。
「あ―……美夜………。いつもは大人しいのに、この事となると、後先見ずに動くんだから」
 少し上げかけていた手をおろし、まぁ、気の済むようにさせてあげよう…と、思った。

 
 話は剣達の方に戻り……。
 突然こちらに走って来た人に三人とも驚いていたが、その中でも一番驚いていたのは有佐だった。
「……わ…わたしですか?」
 自分を指差し、美夜に尋ねる。
「はい。………たしか…えっと…13・4・5年ぐらい前だと思うのですけど……」
「それって、俺達が幼稚園に行ってた頃だよな」
 佑也が剣に言う。剣も「そうだな」と言った。
 しかしそこで疑問が湧き、二人して心配そうな視線を有佐に送る。
 なぜなら、有佐が初めてこの世界に現われたのが、半年ぐらい前だったからだ。名付け親が隣にいる剣である以上、そんな昔にこの世界にいたはずがない。
「………えーっと…ごめんなさい。わたしその時は、まだ『ここ』に来ていなかったから、たぶん人違いだと………思うんだけど」
 ぺこっと頭を下げて言った。
 美夜は少し残念がった表情をして「そうですか」と小さく呟いた。
「ほうらっ、美夜。なにやってんの?行くよ」
 いつのまに、美夜の後ろにやってきたのか、美夜の肩を叩いて真樹が言った。
「あ…真樹ちゃん」
 美夜が振り向く。
「ごめんなさい。なんかこの子、間違っちゃったみたいで…」
 少し落ち込んでいる美夜の代りに、真樹が謝った。
「あ…いや、いいよ。もしかしたら、有佐ちゃんが忘れているだけかもしれないから」
 とっさに佑也が言った。剣は、おいと小さく言いながら、肘で佑也を軽く叩いた。
「それなら…。もし思い出した時には、会ってくれますか?私ここの近くの女子校に通っていますから、この道はよく通るんです。あっ、ごめんなさい。自己紹介が遅れてしまいました。私の名前は大原 美夜といいます」
 佑也の言葉に元気を取り戻した美夜は、目の前にいる三人に向かって言った。

 ようやくあの二人組が帰っていった頃、剣が佑也に向かって言った。
「水之瀬…。おまえ、嘘言ってどうするんだ?」
「まぁまぁ…。いいじゃない」
 有佐が言う。
「有佐まで…。本当に知らないんだったら、あんな事を言わなくても良いだろう…?」
 剣が言い返す。
「だって…ねぇ」
 有佐は佑也を見る。
「そうだよねぇ」
 佑也も有佐を見て言う。
 二人が言おうとしている事が剣には解からない。
「……何だよ」
「だってかわいそうだったから」
 二人同時に言う。
「……………」
 剣は何も言えず、ただ黙って呆れることしか出来なかった。








Series-Title-Top.  Next.