【W】 眠りにつく前に…
今日は頑張った。
気力は無くならないにしろ、体力が続きそうになかった。
長く続く戦いの為に、ここ最近浅い眠りで体力を回復するように心がけるようになっていた。
今まで宿屋に泊るよりも、外で眠りにつく方が割合的に多かったのが癖になっていたのだ。
こんなゆっくりと出来る場所でも、浅い眠りしか出来なくなっていた。
「本当に、ゆっくり出来る日は……。これが全て終わった時か――…」
消え入るような声で呟く。
どの位時間が経っただろうか……。
ふと目が醒める。
「どの位経ったんだ―……?」
窓の外を、ベッドの上から覗く。
まだ夜中らしい。
コンコンコン………。
扉を控えめに叩く音がした。
「はい」
グロリアが、ベッドに横になったままの状態で言う。
こんな時間だ。扉のむこうは、どうせコニーかアーニーに決まっていると、彼は勝手に思い込んでいた。
カチャリとノブをまわしてゆっくりと入ってきたのは、やはりグロリアの予想通りの人物だった。
「ねぇ…。聞いて欲しい事があるの」
部屋の中へと入ってきた人物は、アーニーだった。
「どうしたんだ?いったい」
予想していたとはいえ、アーニーが深刻な顔をしている事に疑問を抱き、ゆっくりと上体を起こす。
しかし、アーニーは喋らず、黙ったまま一向にその場から動こうとしなかった。
「……?…長くなるような話なら…。ここ、座ったらどうだい?」
グロリアが指したのは、自分がいるベッドだった。
丸テーブルと、それに対になっている二つの椅子が部屋にはあったのだが、グロリア自身、もう、この場所から動きたくはなかった。それだけ疲れているのだ。
きちんと面を向いて話をするのなら、相手には申し訳ないが、これしかないと思っての発言だった。
すぐには動かなかったが、アーニーがゆっくりと歩いてくる。
ベッドに座って、一息ついたところで、やっと話をしだした。
「…何を考えているんだって、思わないでね?私はすごーくこれで悩んでいるんだから」
自分を見て話そうとはしなかった。
これがまた意外だった。
アーニーには話をする時、人の表情を見て話す癖があった。しかし、今回はそれが無い。
何をそこまで緊張しているのか。
何をそこまで真剣に考えているのか…?
「……何だ?そんなに深刻な話なのか?……だったら、コニーも呼んだ方が…」
自分とは違う考えを持つ人だ。
そこまで考え込んでいるのなら、自分一人だけの考えで答えるのではなく、別の考えも見る事が良いのではないかと思った。
だが、その誘いをアーニーは断わった。
「あ…。それはダメなの。…ただでさえ、コニーは、いろいろな問題を抱えているっていうのに,私が一人で悩んでいる事まで気にしちゃうと、大変でしょ?…だから……ダメかなぁ…」
真剣な顔をして言う。
いつもはずかずかと言う癖に、今に限って気を使っているようだった。
これが本音だったのか。
「ふぅん……。俺が出せる答えなんかで、安心できるなら、言ってみたら…?」
こくんとアーニーは頷いた。
「……本当に…………笑わないでね」
まだ、自分を信用していない様だ。
「はいはい。それは、わかったから…。…俺って…信用されていないのかなぁ……」
困った顔をして、グロリアが言う。
アーニーはその言葉を強く否定する。
「じゃあ…真剣な話だよ?……………これは、現実なの?夢じゃないの?」
グロリアは驚きを隠せなかった。
本当に吃驚した。
この様な状況になって今まで、殆どを一緒に過ごして来ている。勿論子供の頃から自分達は友達ではある。しかし、一日をここまで長くいたのは過去無かった事だ。
それ程最近は一緒にいる筈の自分が、アーニーの異常に気が付かなかった。
まさか、現実を見失っていたなんて…。
思いもしなかった事だった。
周りの事を気遣うアーニーのことだ。…多分それをひたすら一生懸命隠していたのだと思う。
さらに、アーニーは言葉を続けて言った。
「…ねぇ、どっちなの?あんな事が、この領土内で起るなんて、私には…」
アーニーの頭の中では、事態の収集がつかなくなっていたのだ。
夜になって、部屋に一人になったことで、我慢していた何かが限界を超え、表に出てしまったのだろう。
アーニーは自分のてのひらを、じっと見つめていた。
その両手に何を見ているのだろう――…?
「自分が…あんな事をしないといけなくなるなんて、昔の私には予想も出来なかったことよ。…というか、今でも『今の自分』を受け止める事が出来ないわ。当り前じゃない?!私はさっきまで普通の人だったのよ?」
アーニーは、そこで一息ついた。
自分がひどく感情的になっていると思ったからだろう。
真剣な思い詰めた空気が辺りに張り詰めている。だが、そのセリフにグロリアは疑問を抱いていた。
本当に、アーニーを『普通の人』だと言って良いのだろうか?
そう思わせる理由は勿論あった。
自分達三人は、こんなに仲の良い間柄だ。忘れてしまいそうになるが、コニーはドラセナを継承している家柄だ。そしてこの自分もコニーには劣りはするが、ラケナリアのトップクラスに入る家柄でもある。その様な二人の人間と対等に付き合っていたのだ。
その上、アーニーにはコニーや自分でさえも不思議がる秘密のような物を所有していた。
これだけの事柄がありながら、それでも『普通』と言えるだろうか……?
一応言っておくが、自分は『普通』だとは思った事はない。
だが、今はそんな事で言い合うような必要は無い。
だからずっと黙っている。
「…あなたの様な《ラケナリア》ではないし、コニーの様な《スート》でもない。…普通一般の『ただの人』なのよ……私は…。何も出来ないはずの『人』がいたって、役立たずだと思わない?…だから……」
そこで言葉を詰まらせ、声を小さくした。
「『だから…』?だから、どう言って欲しいんだ?今の言葉だけでは、俺は自分の結論を言う事しか出来ない。…それだったら、アーニーだって俺の口から出る言葉は、わかっているだろう?」
座る体勢を変えながら、静かにグロリアが言う。
「…わかっているわ。これは現実よ。でも、きちんとした確認が取れないのよ。だから、今の自分の立ち位置を教えて欲しいの。今日まで、いろいろな事をやってきた。あなたが本当に強い事も、この目で確認する事が出来た。…あなたが、いくつかの事柄を、現実へと導いてくれたわ。それに、初めて…初めて、自分の目の前で『誰かが殺される』というのも体験した」
最大のポイントは、やはり『それ』だった。
平和に過ごして来た分、人が血に塗れた姿などを見慣れている筈が無い。
「……俺だって、『誰かを殺す』のは、初めてだったよ。でも、コニーなんて、尚更だ。…実際ならば、アーニー同様…いや、それ以上にこんな事は絶対に起こり得ない身分だからね」
グロリアは片方の膝の上で頬杖をつきながら言った。
…確かに、グロリアもこれが夢ならば、そうでありたいと思ってはいる。でも、自分が今回初めて殺していった人々を思うと、そんなことは言ってはいられない。
両親から常に言い聞かされていた言葉が、自分をそうさせてしまうのだ。
両親に言われた言葉……。
『夢だと思って、自分の目の前に立ちはだかるものを、心無く破壊していくものではない。全てのものに、何者にも変えられない価値が必ずある。だから、自分達は常に現実と向き合っている事を忘れる事なく相手と対していきなさい』
今まで両親の陰から、現実を少しずつ見てきた。
両親が盾になってくれていたおかげで、今の様なアーニーの状態に陥る事が無かったのだと痛感してしまう。
コニーだって似たようなモノだと思う。
何しろ将来はトップに立つ者だ。
現場は知らなくとも、両親の近くに居れば話くらいは何度も聞いた事はあるだろう。そして罰せられるものの最後を迎える直前までの姿も。
という事は…。自分やコニーは、少しずつでも慣らされていたのだ。
そう――…たとえ、どんな状況下にあっても、自分を見失わないように。自分が見るべき世界から目を背けないように…。
しかし、アーニーはゼロの状態で全ての状況を一度に受け入れたのだ。こうなってしまった事も理解できるような気がする。
「……親からは、駄目だと言われているが…親友のためだと言えば、許してくれるだろう」
グロリアがかすかに笑いながら、アーニーのすぐ横に移動して座った。
確か…母さんが『相手にとって、良いと思う嘘ならついてもかまわない』と、言っていたよな………。
まぁ、これから言う言葉が、本当にどういう結果を出してくれるかは、全てが終わってからになるけど…。
「暫くの間は、俺達の後ろで出来るだけ現実を見ないようにすればいい。…巻き込ませたのは、俺の責任だ。面倒はきちんと見るさ。ゆっくりと現実と夢を見分けていけばいい。一度に全てを得ようとするから、わからなくなる。暫くの間、アーニーに専念してもらう事は…そうだな……あの状況の中、どれだけ自分を守っていけるか…かな?余裕が出てきてから、俺達にまで気を回してくれたらいいよ。中心に近づかなければいい話だ。…ま、時間はかかるかもしれないけど、置いて行くには非常に無責任だからね」
その時だった。
ばたんという、激しい音をたてて、ドアが開かれた。
その人物は二人を見て、一瞬驚きを見せる。
「あ…。深刻な話をしていた?だったら、申し訳ないのだけど…。でも、私も、緊急な用なんだ」
座っていた二人が、その言葉に合わせて立ち上がる。
「いや、用件は済んだ。で?何があった」
アーニーはすぐに部屋から出て行った。自分が起こす行動をコニーの服装から察したからだ。
――すぐに、自分も着替えなければいけない。
「この場所がわかってしまった。時間が経てば、ここへ到着するだろう」
状況説明を手短に言う。
しかし、コニーは一息置いてから、もう一度言葉を紡いでいった。
今度は、出来るだけゆっくりと、気持ちを込めて…。
「…ここの人達まで、これ以上巻き込みたくはないんだ……」
コニーにとって自分の危険よりも、まずは身近にいる自分を信じてくれる人々の安全の方が、大事らしかった。
そいうところが、多くの人に好かれる理由なのだろう。
そして、自分達もそんなコニーを気に入っていた。
「………最後の言葉、言わなくても解かっているよ」
グロリアが、コニーの全てを理解しているかの様に、軽く笑って言う。
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