【T】 出会い
「今日から二学期ね。ところで、今日…。転校生が来たから…まずは紹介するわ」
ホームルームの始まるチャイムが鳴り終わったと同時にやって来た先生が、開口一番に言った言葉が、これだった。
教室中が騒がしくなる。
それもそのはずだ。
理由は、もちろん『転校生』という単語。
ここの編入試験は入学試験よりも非常に難しいと聞く。これで入れたという事は、完全に校内テストでも上位に入る…いや、もっと誉めた言葉で言えば、一位二位を争う実力者だという事を証明しているものだからだ。
騒がしい中、先生が開いている扉に向かって手招きをする。
すると、間を置かずに転入生が入ってきた。
『頭の非常に良い転校生』とは、間違いなくその人物だ。
「転校生の『天野 咲也』君」
名前だけ簡単に紹介される。
「天野です。よろしく……」
紹介された本人の自己紹介も、たったのそれだけ。
あまりの静けさ…いや、冷ややかさに、ざわついていたクラス中が、しん…と静まり返った。
「……はい…えーっと……。天野君の席は、あれね。あそこに準備してある机」
どうやら、先生自体も彼自身の出す雰囲気に飲み込まれたのか、言葉が口に出るのが遅くなっていた。
『転校生』は一回軽く頭を下げ、それに黙って従い、指し示された所へと向かって行く。
自分はその人物の歩いていく姿を、ただ、じっと視野の届く範囲で見ていた。
背が高く、女子達から言わせてみれば、『かっこいい』という分類にしっかりと入るだろうと思われる外見。全然笑おうとしない表情。それが手伝ってか、相手を見下すような視線をするようにも感じられる、いわゆる『たいていのものはお見通しだ』という視線。
そう…。彼を囲むモノすべてが静かすぎて…。
その空気を壊す事を絶対に許さない、許されない…。
内なる怖さが密かに表に漏れ出しているから…。
そして、そういう雰囲気の為か、自分達よりも年齢が上の様に見える。
多分そんな事を感じていたのは、自分だけではないだろう。
…それにしても……。
自分とは性格が合わないのではないかと思ってしまった。
『転校生』は、自分の席だと言われた場所へ移動したらしい。
自分の席は前から数えた方が早いが、どうやら『転校生』の席は後ろから数えた方が早いようだ。
自分の耳に届いた椅子を引く音が、それをものがたってくれていた。
【U】 予感
ホームルームが終わった。
自分は何故か『転校生』の行動が気になって、後ろを見る。
『転校生』は、ただひたすら本を読んでいた。
何を読んでいるのだろうか……?
「なぁ、和博。…なんか、あの転校生って、とっつきにくい感じ、しないか?」
突然の声に驚く。
「…なんだ。尚哉か。…ったく、びっくりさせるなよな」
「なんだって?自分があの『転校生』をじっと見ていたのを、棚に上げて言う気か?」
「うっ……。痛いとこを突いてくるなぁ」
確かに、自分はあの『転校生』を気にしている。
理由は…。
自分でもわからない。
意味のある理由なんて無い。
ただ、自分の直感が、そうさせていた。
これからの自分と、凄く関わりのある誰かであるような気がして…。
【V】 接触
夕方。
部活動も終り、とくにこれといった用事も無かった為、さっさと学校から家に帰ろうと思った。
自分はテニス部に所属している。
この学校に入れたのも、このおかげだと言っても過言ではない。自分は部活動推薦で入学したのだから。
でもそれが、重みになっているという事はない。
日々、楽しくやっていた。
「おっ…?…あれは………」
自分の前方を歩いている人物がいた。
その人物の所に駆け足で近づいて行く。
「よっ…えーっと…。あま…の…?…『天野』…だっけ?……君も…家がこっちの方面なの?」
思い切って声をかけてみる。
「……ああ」
簡単な返事。
「………」
たったのそれだけかいっっ!!と、内心思いながらも、会話をつなげていこうと頑張ってみる。
「自己紹介、まだだったよね?…俺、森 和博っていうんだ。皆からは和博って呼ばれる事が多いかな?よろしくっ、『天野君』」
今、初めて自己紹介をした。
「よろしく」
やっぱり口数が少ない。…というか、少なすぎるっ。
「…あのさぁ、今日のホームルームが終わった後に読んでいた本。何?」
気になっていた事を、尋ねてみる。
「歴史の本だが…。見ていたのか?」
あっさりと、用件だけを伝えてくる。
こいつ、友達絶対いないな!と思ってしまった。
「…史学。……世界史?」
理由は特にないが、何故か世界史の事を詳しく知っていそうな気がしたのだ。
「日本史」
困った…。話が、全然つながらない。
「…好きなんだよ、史学はね。日本史全般を特に好んで読む。だから、ついつい本もこういう系統を読んでしまうのさ」
初めて、自分に話してくれた。
なぜか、非常に嬉しくなった。
「へー。あっ、俺はね、化学が好きなんだ。化学式とかさぁ。……あれ、パズルみたいで、数字をあてはめていったりするのが、おもしろいんだよ」
あまりの嬉しさについつい、自分も好きな課目についてを話してしまう。
会話の量は少ないながらも、色々と話す事が出来た。
「あっ」
自分は、とある店の前に走っていった。
「テニスラケット……?…テニスをしているのか?」
咲也が後ろから、ついて来ていたらしい。
これには意外だった。
無視してそのまま一人で帰ってしまうのではないか?と、思ってしまったのだ。
「そうなんだ。テニス…好きなんだよ。天野は?」
せっかく付いて来てくれたのだ。
自分に引き込むチャンスだ。有効に使わねば!
「……『咲也』でいいよ。これから長い付き合いになりそうだし…」
「?」
最後の言葉は、いまいち自分には理解出来ないもの…というか、会ったばっかりでそんな事を決め付けられるのも、どうかと思ったのだが……。
う―…ん、めちゃくちゃ簡単に意訳すると―…。
どうやら、結構ガードは弱いらしい…というコトかな?
まぁ、これなら話しは早くつきそうだ。
実は、外見から感じるものとは全く違う性格をしているのではないかと思った。
「…んじゃ、遠慮なくそう呼ばせてもらうよ。…で、咲也は?」
「少しなら」
ただ、喋るのが下手なのだろうか?
「ならさ。テニス部、入らない…?」
ついつい勧誘してしまう。
「勧誘か?それは…」
解りきった事を聞いてくる奴だと、思ってしまう。
「そ。楽しいぞ?」
「考えておくよ」
初めて笑ったような表情を見たのだが…。
冷たい笑いだった。
自分には、それが無理をした笑みにしか見えなかった。
「話、元に戻るけど。今このラケットが欲しいんだよ。で、今自分は貯金中…と……」
「ふうん。……頑張ってくれ」
一応は反応を見せてくれた。
「咲也は、何か欲しくて貯金している物ってないのか?」
話を出来るだけつなげたかった。
色々と聞きたかった。
だから問い掛けてみる。
「欲しいもの?…あったよ」
『あった』…?『ある』じゃなくて…?
「…過去形…?」
念の為聞いてみる。
それに対する返事は、ショウウインドウに映って見えた微かな笑みだけだった。
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