【T】 前置き
「ねぇ…。本当にこんな格好で参加しないとダメなの?」
部屋にある大きな鏡の前で困ったような表情をしながら美夜が言う。
「まぁ…。強要はされていないけどね。唯一、夢幻の世界に住まう者全てが集う会合だ。それぞれが敬意を表しているんだろうね。そういう『場所』に適した服装をしているようだよ」
椅子にゆったりと座りながら、ユリエットが言う。
「……。そんなに『そういう服装』が嫌いか?」
小さく溜息を吐きながら頬杖をついた。
「だってさぁ…。こんな服、今まで着た事ないのよ?戸惑うに決まっているじゃない。こんな格好…」
鏡の向こうには一体いつの時代の服装だ?と言わんばかりの―…。
まるで、どこかの舞台衣装のような服を着た自分がいた。
「別に…。似合わないとは思わないけどなぁ……?」
フォローのつもりだろうか?
ユリエットがそう言ってきた。
「ま、そのうち気にしなくなるさ」
椅子から立ち上がりユリエットは美夜へと手を差し伸べる。
「さ、アイツ等が待っている。行こうか……?」
「う―…ん……。そんな時が来るかなぁ…」
そう言いつつも、美夜はその差し伸べられた手をとった。
【U】 会合にて
「『トンネルを抜けると…』って結構有名な文章があるけど……」
「ん…?」
「ここは『それ』以上だわ…」
扉を開ける前までは、普通に自分の部屋に居たのだ。
この現実を知るようになって以来、どこにでも扉を出現させられるようになった。
現れて欲しい場所をノックすれば良いだけの話だ。
さっきも同様のことをして、自分の部屋からここへつながる扉を開けたのだ。
勿論、美夜にとって『会合』とやらは今回が初めての経験になるので、ユリエットがこの扉を開けてくれた。
日常行う扉の開け方と今回のような場所への開け方は微妙に違うということを教わりながらではあったが。
違いは簡単だ。
扉を出現させる事は容易くても、このような公式の場所へ行く為には、文字通り『鍵』が必要だという事。
ユリエットの説明によると、毎回同じ場所の様な感覚があろうとも、その会合の行われる場所を提供している人間が違うらしい。
この夢幻の世界で一番位が高いと聞く『マゼンタ』と『萌葱』に次いで位のある役職に就く十三人の『アルカナ』と呼ばれる人達が順番に場所を提供していると、教えてくれた。
公のものとはいえ、その空間は個人の持ち物である…ということで、『鍵付き』になっているらしい。
「ところで…。今日のこの空間の持ち主は誰なのかしら……?」
辺りを見回しながら美夜が呟くように言った。
「さて…。噂では『アルカナ・リベラル』と聞いているけど…」
ぬいぐるみの姿をとっているユリエットが小さく首を傾げる。
「『リベラル』って、あの前会った事のある…。あのリベラル様?」
そんな時だった。
「そ・う・だ・よっ!!」
いきなり後ろから衝撃を受け、前へ倒れないように踏み込んだ。
こんな事、「誰?」と聞かなくても解ってしまう。
「有佐ちゃんっ!!」
「このバカうさぎ。突然後ろから跳び付くことはないだろう」
剣はゆっくりと歩み寄り、美夜の背中にしがみ付いているうさぎのぬいぐるみを引き剥がす。
うさぎは両手両足をじたばたさせてその手から逃れようとする。
しかし、その抵抗に剣も手を放そうとはしなかった。
「おとなしく俺の肩に?まってろ」
摘み上げたまま、正面に向き合って言う。
「……いいな…?」
ハイという返事を促す。
「…はい…」
先程までじたばたしていた有佐だったが、これをきっかけに大人しくなる。
静かになってのを確認し、剣はうさぎのぬいぐるみを肩へ乗せた。
「あー。美夜ちゃん。かわいいねー、その服。いーなぁー、かわいい服が着れて。私も着たいなー」
「別に君はいいだろう…?『ぬいぐるみ』なんだし」
「うっわぁー。何てこと言うのよ。ここで着なくたって、日常があるじゃない!」
有佐の言葉をきいて疑問が出てきた。
「…ねぇ……。有佐ちゃん…?『こういうの』を日常で着てみたいと思うの?」
「でも、この子なら着そうだと思わないか?」
美夜の言葉にユリエットが言った。
「……それは止めてくれ。一緒に居る俺が困る」
剣がうんざりと肩をおとした。
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