――最高のプレゼントをあなたへ――
未来の自分は『何を』『誰へ』プレゼントするというのだろうか…?
言葉の意味する事、言葉が表わしている事が、全く解らない。
現時点で、予想がたてられるのは、『この記録媒体』を『今の自分へ』ではないかという事。
「最高の…プレゼント……?僕へ…?そんな言葉だったら、ますます開けたくなってくるじゃないか…」
言いながら、自分の手の動くままにパスワードを入力していく。すると画面が真っ暗になり『パスワード確認しました』と文字が現れ、つぎに『自動実行プログラムを作動します』と文字が出てきた。
「………」
勝手に事が進んでいく様子を、何も言えずに黙って紫輝は見ている事しか出来なかった。
黒い画面に速いスピードで文字が出ては、それを『clear』へと導いていく自分のパーソナルコンピューター。
暫らく経って、『all OK』と文字が出て来た。
突然、画面に一人の女の人が映し出された。今まで長い間眠っていたかのように、閉じていた目をゆっくりと開けて。
誰かの顔が、この人物と重なって見えた…ような気がした―…。
画面の中の人は、紫輝を確認できるのか、にっこりと笑って言う。
『また…会えたわね……紫輝…』
これには驚いてしまった。
「僕の名前を何故…」
しかし、画面の中の人物は喋り続けている。想像通り確認出来ていないのかもしれない。
『紫輝…、今は貴方の声を聞く事も、姿を見る事も出来ないの…。ねぇ…紫輝……また貴方とお話がしたいわ…』
やはり、誰かに似ている…。
……あぁ…そうだ、面影が似ているのだ、自分の母親に……。
すると、あの最後に見た母親の顔を思い出してしまった。またそれと同時に、なつかしさと今まで忘れようとしていた寂しさがこみあげてきた。
これが、出会いだった。
僕は、機械を使用する以上、自分を育ててくれた人物…つまり、研究所の所長に報告しないといけない為、この人物(記録媒体のプログラムに設定されていた人物)を『S・T 003』と命名し、愛称として、『椿』と名付けた。『椿』は、両親が一番好きだといっていた花だ。以前父親から一度だけ、本物を見せてもらった事があった。自分でも、綺麗だと思った記憶が残っている。通称(愛称)を考えていた時、初めに見た印象が『あれ』だったので、『椿』と名付けた。これが通称の由来だ。…そして、今まで自分が造ってきた物を基に、『椿』の希望通りに姿と声を認識するシステムをとりつけた。
今日が、その機械をとりつけて最初の起動となる。
カシャカシャとキーを押しながら、接続を『OK』へと促していく。機械をいじるのは慣れているし、今まで自分が造ってきた機械が基だった為、構造は把握していた。だから、そう時間はかからなかった。
「これで、済み…かな?」
そう言って、ぱちんと最後のキーを押した。
「どう…?わかる?聞える?」
紫輝が画面、つまりは『椿』に向って、真剣に尋ねる。
『聞えるわ…、紫輝。…何も変わってないのね。…声も…姿も…なにもかも……。全てが私の知っている紫輝だわ。そして、今まで何度もプログラム再生をして見てきたままだわ』
「?」
紫輝には、何を言っているのか分らなかった。
「…ま、いいか。まず、知らせておきたいのが、あなたの名前だ」
『椿』は首を傾げて不思議そうな顔をする。
どうやら理解が出来なかったらしい。
「一応、所長に知らせておかないと、駄目だからね。試作品…として、タイトルを付けないといけないんだよ」
気まずそうに言う。
『試作品…?タイトル…?それは何?』
「ここで造る物はすべて登録して、所長が全てを把握しておく為なんだそうだ…。世間に出すにしても、出さないにしても」
そこで、『椿』がうんうんと首を縦に振って言った。
『そうだったわね、忘れていたわ。じゃあ、当ててみましょうか、私に付けられた作品名、通称を…』
「希望の名前?残念だが…」
紫輝は申し訳なさそうに言おうとした。
『えぇ…、分っているわ。でも、知っているの。紫輝が、私に、名付けた、名前を』
まず紫輝を指差し、次に『椿』は自分に人差し指をさし、ひとつひとつ区切って言っていく。
「………」
紫輝には、やはり理解できなかった。
『紫輝は私に《S・T 003》…通称《椿》と名付けてくれけたのよね。…憶えているわ、それくらい。紫輝がくれた名前だもの。そんな大切なデータ、簡単に消去するわけないじゃない』
そう言った後、『椿』は紫輝が何か言おうとしていた所にストップをかけ、ある一つの事柄を教えた。
『紫輝…。ここであなたに伝えるようになっている、《紫輝》からの文章があるのですが…良いですか?』
紫輝は、何があるのかわからないままに、黙って頷いた。しかし、それに対して『椿』の次の行動、つまり、その文章を紫輝に伝えるという行動が行われなかった。
「どうしたんだ?その文章を見せてはくれないのか?」
しばらくたって、紫輝が言った。
『今の行動が何だったのか、判断材料がない為行動に移せません』
『椿』が状況説明をする。
「……そういう事か………。じゃあ、記憶に入れておいてくれないか?こう…縦にふると…肯定の意味、『YES』を表わしているんだ。で、こう…横にふると…否定…つまり、『NO』の意味になるんだ」
行動付きで『椿』に見せ、プログラムに記憶させた。
『記憶しました。では、これから実行します』
【プログラムを記憶しました。】という言葉をスクリーンには出さず、『椿』自身の『声』で言った。そして、『椿』は記憶したものを基に、先程の紫輝の行動を理解し自分は画面から消え文章を出した。
内容は…
【今、自分で体験して分かったただろうが、今までの『椿』にあった大抵のを消去させてもらった。初めの方は、どうしても消す事の出来ない理由があって、消していないだけだ。の事だ…『椿』を大切にする事は知っている。これからの大切な理解者第一号になるからね、任せるよ。最後に余談だか、これを見ているということは、『椿』は紫輝の声を自分で判断できるはずだね。そこで、紫輝の言うある言葉をパスワードに、『椿』のある記憶が一旦解除され、すぐに消去されるように設定しておいたプログラムがある事を、教えておこう。
『椿』は運命の輪から脱け出すことの出来ないたったひとつの『もの』だ。『椿』には消すなと言われたのだが、悲しい出来事だ。忘れて欲しかったから、こういう仕掛けを入れておくよ。】
という文章だった。
紫輝は『椿』から、伝言をもらってすぐに《『椿』改造》にとりかかった。なぜか『椿』に悲しい思い出――未来――を思い出して欲しくなかったからだ。
まずは、判断材料を増やす事に専念した。自分の知っている限りの知識を、出来るだけ『椿』に教える。でも、場合によっては、それでも判断不可能な物が出てくる事は確実なので、それはその時で『椿』に教えようと思った。そして、ある程度は発展できるように《自己学習能力》なるものを、とり付けたりもした。
これで、これからを変える事が出来るだろうか……?
「…よし。今日はここまでで良いかな?」
保存をする。
『紫輝。毎日が楽しそうね』
『椿』がにっこりと自分も楽しそうに笑った。
今の『椿』には、初めて会った時にしかなかった表情があった。
これも、紫輝が自分の考え出したプログラムのおかげだ。
『椿』の判断材料を基に表情を出せるように設定したのだった。
「え…?僕が……そうかな」
紫輝は『椿』が言ってきた言葉に驚いた。
そして、少し考えてから、こう言った。
「ま…ね、の言った事は間違いなさそうだからね。じゃあ…、僕は所長の所へ行って、今日の『椿』の状況を報告してくるから」
紫輝は楽しそうに自分の部屋を出て行った。
しかし、所長の部屋へ向った紫輝はすぐに帰ってきた。
いつもなら、一時間や二時間は軽く話しをして帰って来るのに…だ…。その上、少しがっかりしている様だった。
『どうしたの?紫輝……』
『椿』が心配そうに紫輝に尋ねた。
「…………僕は…今まで何だったのだろうか。僕は…、僕は皆に……」
紫輝は初めて『椿』の前で涙声になって言った。
『紫輝……、今の行動は何?私はどう行動をすれば言いの?』
『椿』は悲しそうにしている紫輝へ向って疑問を投げかける。
「……悲しんでいるんだ…………。…所長にはそだててもらった恩がある。だから、今まで自分で創り出してきた物は言う通り、全て所長の名前で世間に出してきた…。なのに…こんな結果になるなんて……」
紫輝は、黙って見ている『椿』に言っていく。
「所長は、僕を自分の道具としか見ていなかった…。言っていたんだ。『所詮あいつは自分の名声を上げてくれるだけの材料にしか過ぎない』…って……」
言ったところで、今まで我慢していた涙が溢れ、流れていった。
「……僕は…一生懸命僕の居場所を作っていっていた筈なんだ。…なのに…どこから間違ったのかなぁ………」
その時だった。今まで黙っていた『椿』が一言口にしたのは…。
『ねぇ…紫輝…?やっぱり私には夢を見る事は許されても、そこへ行く事は出来ないのかしら…』
「え…?今、何て…」
顔を上げて紫輝が尋ねた。
『分らないわ。何故かそう考えたのよ』
『椿』は紫輝の質問に、そう答えた。
紫輝は何か心当たりがあるのか、慌てて『椿』の情報を調べだした。
「だめだ。これに引っかかる物は何も無いみたいだ。…いったい何が…」
実は、見つからないと、どこか頭の中で分っていた。でも、全ての情報に目を通さないと納得しないような気もして、数日かけて調べ上げた。
やはり、何も見つからなかった。
しかし、周囲に対する自分の気持ちに、ある程度の落ち着きが取れてきたので、次の行動をどうとろうか計画を立てる事が出来た。
「『椿』…僕は、僕の好きな様にしても良いだろうか」
これが紫輝の『椿』への答えだった。
『私は紫輝の意見を尊重するわ』
これが、答えを出した紫輝への『椿』の答えだった。
――五年後――
紫輝はあれ以来、所長とも必要な事意外、話しをしなくなっていた。そして、『椿』の改造も所長には全て報告をしていなかった。
しかし、どこから情報を手に入れるのか、所長は『椿』の事を紫輝に会う度に聞いてはくるのだが…。
紫輝は今、ある計画を立てていた。
その計画とは、今までの自分を助ける為の計画だった。
紫輝はある装置の前に立っている。
近くにあったガラスのコップをそれに向けて投げた。
パリンと細かく砕け、綺麗に光を反射して落ちていく。
「あ―…。やっぱり駄目だったか…」
『紫輝、そう焦らずに、がんばって』
『椿』が言う。『椿』は五年経っても、外見の年齢はあの日からずっと変わっていなかった。今では紫輝の方が少し年上になっている。しかし、外見からは見えないが、『椿』も変った事があった。それは、知識の量があの頃よりも数倍多くなっている事と、画面の中に住んでいた『椿』が立体映像になって、全身で感情を表わす事が出来るようになったこと。そして、紫輝が新しくシステムを、いろいろととり付けたことだった。
紫輝が今造っているのは時間移動装置だった。
昔の技術者達も造ろうとしていたのか、沢山の資料を時間もかけずに手に入れる事が出来た。
「…これが出来たら、父さんや母さんに会いに行って、昔の僕を助けてもらうんだ。そうすれば、僕も『椿』もこんな所にいなくてすむ」
これが最近の紫輝の口癖になっていた。
何日も何ヵ月も修正に修正を重ね、完全な物へ仕上げようとする。『椿』も紫輝の手伝いをしようということで、出来る範囲で自分のシステムの改良をしていき、共同作業になっていた。
「もう、今日は無理だな。改善策が何も浮かばない」
白衣のような上着を脱いで、ゆっくりと椅子に座った。
『ゆっくり進めていけば良いのよ』
『椿』が慰めの言葉をいれる。今では、『椿』も普通の人間に近い態度をとるようになっていた。
「それも……そうだな…」
椅子の背もたれで大きく背伸びをして、紫輝は言った。
それから一年としない内に、装置は完成間近となっていく。
その時、紫輝の手違いで、だいぶ過去の人間を三人程連れて来てしまう事件がおきる。
誰も気付きはしなかったが、この時点で『椿』の運命はまた始まりへと近づいていたのだった………。
パスワード
――最高のプレゼントをあなたへ――
あの時、自分で解釈した、『この椿のデータが入っているフロッピー』を『自分へ』。
一時期はそれで本当にあっていた。しかし、今の紫輝がどう受け取っているのかは、最後まで紫輝にも判らないでいる言葉になっていた。
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