【U】 今の状況
「おい、アーニー。何、呆けているんだ?」
前を歩いていた二人の男の片方が、すぐ後ろを歩いていた自分に声をかけてきた。
「え…?」
「それを『呆けている』というんだよ」
隣で歩いていたもう一人の人物が言った。
「あのねぇ…グロリア。私が『呆けている』んじゃなくて、あなた達二人が喋りこんでいて、私が入ってくる隙がないんじゃないの?」
アーニーが少しだけ顔をふくらませて言った。
「そうだったか?」
グロリアが不思議な顔をして、隣にいる人物に問いかける。
「さぁ……」
心当たりがあるのか、その人物は、苦笑いをしながらあいまいな答えを出すだけだった。
「…はぁ……。…コニーもそこで自分だけ逃げるような事をしないでさぁ、はっきりとグロリアに『違うよ』ぐらい、言ってあげたらどうなの?…仮にもあなたは、《ドラセナ》となるべき人でしょ?幼馴染みだからって、手加減をしない!」
アーニーが、グロリアの隣で歩いているコニーに向かって、びしっと言った。
「おいおい…アーニー……。今は違うだろう?今の私はただ逃げることしか出来ないし、昔の様に周りの人からの信頼もない。…昔の私と同じように見てくれているのは、君達二人だけだよ」
困った顔をしながら乾いた笑いをコニーがする。
「なぁにを言ってんの。街の人達はね、まだ『コニファー ステファノティス』を信頼しているのよ?…ただ、あなたという存在を取り巻く現在の状況が最悪だから、自分に火の粉がかからないように避けているだけよ。
家の中では、みんながあなたの事を心配しているわ」
アーニーが、ずいっと距離を縮めて言ってきた。
「私達が貴方を信用しているように、貴方も自分を信じて自信を持ってよ」
「そーだな…。所詮は皆、自分が大事なんだよ。あ、もちろん俺だって、そーだよ。…でも、今の《ドラセナ》は認められないからなぁ。俺だって《ラケナリア》だから、『護る人物』くらいは自分で決めたいしさ。……なぁ、コニー?」
グロリアが、ニヤリと笑ってコニーを見た。
「無力な人が戦っても、それは命のムダだし…。それに、こういう事が起らない様に、力のある俺等が存在するんだ。その力を使って本来の人物に取り戻すだけだ」
更に力強く続けて言った。
「私達がその地位にと希望しているのは貴方だけなんだから……ね?」
アーニーもにっこり笑って言う。
「ありがと。嬉しいよ、こんなに励ましてくれる人物が二人もいて」
コニーは自信たっぷりにこの言葉を口にした。
「『二人も』って…二人で、満足しているの?」
アーニーがコニーの言った言葉に対して、突っ込む様に尋ねる。
その質問に対し、コニーは軽く笑って答えた。
「…それが、生憎私は欲張りなんだ」
今、現在の状況として、このコニー達のいる領土は荒れた状態になっていた。
今までこの土地を統治していた人物、《ドラセナ》が数年前に亡くなってしまったのだ。
原因は、暗殺などではなく、誰でもかかるような小さな病気の為だった。ただ、この人物は病気などに対する抵抗力が初めからあまり無く、これがきっかけとなってさまざまな病気を引き起こす事となった。それ以来、どの医者を呼んでも、『手のつけようが無い』と誰もがさじを投げてしまう始末だ。
そうして暫くしない内に、亡くなってしまった。
この人物の後継者・次期《ドラセナ》は、『コニファー ステファノティス』…つまり、コニーだった。が、彼にも多少の問題があった。
それは、力を持つ者達との契約している数が、ステファノティス家の人間にしては非常に少ないということ。
ステファノティス家は、代々《ドラセナ》というある一つの領土を統治する役目にあるが、《スート》という家系でもある。
《スート》とは、この世に存在する様々な属性の者と契約を結び、その者が発動させると、昔から語られているような魔法に似た効果を発揮させる事が出来た。そして現在の時代では、この事を『魔法』と呼ぶようになっていた。
また、この役目は、親から子へと受け継がれていくという、いわゆる世間的な地位でもあった。
この現在にまで継がれている《スート》の家系の中でも、ステファノティス家だけが特殊な存在だった。
一般にいわれる《スート》は、一つ〜二つの属性としか契約する事が出来ない。
その様な条件の中、ステファノティス家の血を引く者だけが、それ以上の数と契約を結ぶ事が、何故か可能となっていたのだ。
《ドラセナ》という地位がステファノティス家にあるのもこの為だと、一般的に広くいわれている。
実際、過去の人物の中で、昔から確認されている【時の属性】以外の属性、全てと契約を結んでいた者もいたらしいと、記述してある本も数多く残っているくらいだ。
そんな家系の中で、コニファーだけが、普通一般の《スート》と変らない【風の属性】と【水の属性】の二つとしか契約を交わしていない事から、一部の人間からは本当にステファノティス家の人間なのかどうかを問題視する声も、ちらほらとあがっていた。
今回起った出来事と、その他、様々な問題点が重なり、《ドラセナ》の周りを取り囲んでいた《スート》の数人が、コニファーから《ドラセナ》の地位を奪った。
そして、外見からは、コニファー以外のステファノティス家の誰かが代行しているように見せかけ、裏ではこの家系と全く関係の無い者が《ドラセナ》として、この領土を統治していたのだった。
ただ、それで今までと同じく平和に暮らせていたのならば、問題にはならなかったのだが、初めに《ラケナリア》の間で反感を買ってしまった。
《ラケナリア》とは、《ドラセナ》を敵視している者達から護る剣士を指す言葉だ。そして、《スート》とは違い、属性の者とは契約を結ぶ事は出来ないが、剣技に関しては《ドラセナ》が統治している領土内でもトップクラスに入り、《スート》相手でも、互角、あるいはそれ以上の力を持って対抗する事が出来る存在だ。
その《ラケナリア》の大半以上が、《ドラセナ》の地位を奪われる形となってしまったコニファーの味方につくような行動を、とったのだ。
もともと、コニファーは、彼自信が持ち合わせている性格などから、《ラケナリア》や街の住民達に、好かれていて信頼も厚かった。その為《ラケナリア》内だけで起っていた反発も次第にふくれあがり、情報通の住民の耳にまで届くようになり、また、その者のおかげで、広く全土にまで行き渡る事となってしまったのだった。
対処しきれなくなった《ドラセナ》は、自分の味方となってくれた数少ない《スート》や《ラケナリア》を使い、また事態を押えようと、とうとう《ドラセナ》が持つ権力をも使い出した。
この行動は、一般市民を黙らせる事に対しては、十二分に威力を発揮できたが、コニファーを支持する《スート》や《ラケナリア》を逆に煽ってしまう形となった。
結果、この有様だ。
それまで我慢していたコニファー自身も、自分が発端でここまで事を発展させた事に責任を持ち、自分でも何とかしようと、幼い頃からの親友である『グロリオーサ リトプス』と『アルメリア フロックス』、両者の協力を得て動き出したのだった。
現在の場所はコニファーが住んでいる屋敷の近く。
コニファーの行動は《ドラセナ》へすぐに伝わった。
今まで何も手を出さなくてもおとなしかったコニファーが動き出すとあって、何としてでも阻止しようとした。しかし、相手が悪かった。敵の攻撃は《ラケナリア》でもあるグロリオーサと、次期《ドラセナ》といわれ、なおかつ《スート》の力を持ち合わせるコニファーの二人が応戦した。
属性の者を二つしか従えていなくても、コニーは『ステファノティス家』の一人であり、正当な次期《ドラセナ》だ。ある程度以上の応用を利かせて攻撃を仕掛けてくる。
グロリアも、《ラケナリア》の中でもトップクラスの『リトプス家』の生まれで、その上自分自身はその中でも群を抜くセンスを持っている。
アーニーは…というと、自分にも出来る限りの協力はしたいと言って、【ルピナス】と呼ばれる呪文の載った分厚い本を手に、回復擬似魔法を中心とした呪文を必死に唱えていた。
コニー達二人にとって、今の段階でアーニーは足手纏いには、まだなっていなかった。それどころか、アーニーの回復擬似魔法は、初心者なのに玄人以上に完璧なもので、非常に役に立ったくらいだ。
そんなパーティーを相手にしたのだ。勿論、どんなに人員がいたとしても、限度という物は必ずある。
限度のある中で、敵方の勝つ確率は無に等しかった。
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