【T】再来。
久しぶりにこの世界に目覚めた日の夜。
自分の新たな生活の場所が決まった。
ここは居心地も良く、のんびりと出来そうな空間だと思う。
一つだけ不満を言わせて頂くとするならば……。
自分が今寝ようとしている場所の事だ。
ぬいぐるみの場合、てのひらサイズになる自分に対して用意された寝る場所というのが、藤の枝で編まれたようなかごの中。
別に、これが嫌なわけではない。
しかし、これのオプションが嫌だった。
昔買って大切にしていたぬいぐるみの「おさがり」らしいのだが、そのかごの中には木で作られた卵が二つ取り付けられているのだ。
本来の持ち主であるぬいぐるみは、もう寿命だったらしく丁重に弔われたそうだが…。
かごだけが残って、それが自分に回ってきたのだった。
何も卵まで譲ってくれなくても…と言ったのだが、取り外しがそう簡単にできないと言って受け付けてくれなかった。
結局、このように卵を温めるような格好をして眠りにつくことになり…。
気分は微妙なモノだった。
【U】再会。
美夜が寝息を立てるようになって、どれくらいが経っただろうか…?
久しぶりの世界だからか興奮しているようで、なかなか眠りにつく事が出来ないでいた。
かごの中から飛び出し、人の形をとる。
人間の姿になれば、最低限普通の人と変わりの無い生活を送れるようにはなる。
ベランダへと続く扉を開き外へ出て、手摺りに寄りかかる。
外の景色をゆっくりと見渡してみた。
昔自分がいた世界とは全くもって違う世界となっていた。
懐かしい…と思わせる場所も、何一つない。
新しい世界と言っても間違いではないような気がする。
別に…昔を懐かしみたくてこの場所に足を運んだわけではないのだが、それでもここまで違うと「少しくらいは……」と思いたくなるものだ。
今まで夢の世界で長い夢を見ていた。
そこで誰かに背中を押されたのだ。
『そろそろ外に目を向けても良いんじゃないの……?』
と――…。
とても暖かで大好きな声だったのだが、その声のもち主を確認する事は出来なかった。
「はぁ……」
ちょっと前の事を思い出しながら、物思いに耽っていた自分に対して嫌気がさし、溜め息をひとつ吐く。
気分転換にでも歌を歌おうか…と、小さな声で歌を口ずさみ始める。
鼻歌といっても良いくらいの微妙な歌声なのだが、それを聞いている者がいた。
「俺がここにいる事を知って、それでも歌ってくれていたのかな?」
背後から静かに声がした。
そうして、その人物――カミエル ラグリエット――も隣へと歩いてくる。
「別に…」
隣に来た人物を確認しようと視線を移動させながら歌うのを止めて、中途半端な返事を返す。
「……ま、いいけどね」
いくらか間をおいて再び話し始める。
「久しぶりだな…エリアス W ユリエット。何十年…いや…何百年ぶりかな?」
「いつから『アルカナ』なんて役職に就いたんだ?」
疑問文に疑問文で返す。
「君が眠りについて十年ちょっと経った時かな?」
「ふぅん。それは『オメデトウ』」
ユリエットの言葉に肩を竦めて返事を返す。
「感情のこもっていないセリフだなぁ。以前の君はもっと素直だったじゃないか…。…まぁ、元気になった証拠だと思えば、嬉しいばかりとでも言うべきか…。そうだ…さっきの歌をアルカナに就任したお祝いに頂いていいかな?」
「好きにすればいいさ…」
気難しい表情を浮かべながら答えてくれた言葉に、カミエル ラグリエットは「それじゃぁ…ありがたく頂戴するよ」と笑みを浮かべながら答えた。
ユリエットが視線を外の景色へと再び移動させる。
カミエル ラグリエットも同じく外へと視線を移す。
「……」
「…………」
暫くの沈黙が二人の間に流れる。
気まずい雰囲気ではないのだが、だからと言ってその逆でもない。
お互いに次の言葉のタイミングを計っている…。そんな雰囲気が漂う沈黙だった。
「まぁ、今回ここに来たって事はあの事に対する気持ちが吹っ切れたってコトだろ?」
カミエル ラグリエットが喋りだす。
「『あの事』…?何の事だか」
「おや、しらをきるつもりかい?…まぁ、別に良いけどさ。忘れているならね」
何はともあれ、良い事じゃないかと嬉しそうに微笑んだ。
「……その事は…、美夜の前では言わないでくれないか?」
どうやら思い出を切り離して再びこの世界に現れたわけではないらしい。
カミエル ラグリエットは、肩を竦めるしぐさをする。
「別に、無断で言ったりはしないさ。時がくれば知る事になるだろうし、その時が一生こなければ知る必要もないだろう?すべては自然の流れに従うだけさ」
「ありがとう」
ユリエットが素直に礼を言うと、それにつけいるようにカミエル ラグリエットはとある事を要求してきた。
「それなら、その感謝の気持ちを込めて、もう一度歌ってくれないかな?」
ニヤリと笑いながら手摺りに頬杖をつく。
「それは断る」
「なんだ。せっかく綺麗な歌声が聞けると思ったのに。その歌声、これから先封印でもする気かい?」
そう尋ねてきた言葉に対して、ユリエットは鼻で軽く笑って言った。
「今、歌いたくないだけさ」
「……ホント、可愛くなくなったな」
「誉め言葉としてありがたく受け取っておくよ」
そう言うと、二人してまだ暗い夜の中、大きく肩を震わせて笑っていたのだった。
「相変わらずだな」
「お互い様だよ」
笑う事に飽きがくると、二人して大きく深呼吸をする。
お互いの顔を見合わせてニヤリと笑う。
「そうだ、あの時の答えは出たかな……?」
カミエル ラグリエットが聞いた。
「そうだな……今ならはっきり言えるよ。僕は…」
ユリエットは一息ついて再び口を開く。
今まで心の中に秘めていた…自分でも気付こうとしなかった気持ちを、届けたかった人はここにはいないけど…言葉に…口にしておきたかった。
届かないかもしれないけど。
直ぐに消えてしまう言葉であっても。
大切にしていきたい言葉を、精一杯の心を込めて。
何者でもない一つの存在として、大切だったと――…。
「主として何よりも大切に思っていたよ」
「……そして…認めよう…。確かに僕は彼女の事を『好き』だったんだ」
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